緊急事態宣言の解除に伴い、多くのバレエ教室がレッスンを再開。「マスク着用」という、新たなレッスン様式が生まれました。
マスクを着けてバレエをするのは息苦しいけど、我慢するべき?
レッスンに向いているマスクってある?
熱中症予防には何をしたらいい?
「Withコロナ時代」におけるレッスンのさまざまな悩みや疑問について、バレエにも通じるスポーツドクター 中村格子(なかむら・かくこ)先生にお聞きしました。
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- 目次
- Chapter 1.「マスクでバレエ」 私たちの疑問と不安…
● レッスン中、マスクを外してはいけないの?
● 息苦しさは酸欠の状態?
● 熱中症は大丈夫?
● マスクをつけていると肌が荒れてしまいます…
● レッスン中の「汗」で感染することは?
Chapter 2. ドクターからのアドバイス
● 感染症・熱中症に負けない身体づくり
● レッスンにおすすめのマスク
● 表情筋の衰えに注意!
中村 格子(なかむら・かくこ)
整形外科医師、医学博士・スポーツドクター。医療法人社団BODHI 理事長、Dr. KAKUKO スポーツクリニック院長、よこはま健康づくり広報大使。「健康であることは美しい」をモットーに、各種競技の日本代表選手をはじめとしたトップアスリートを支える傍ら、自身のクリニックやテレビ・雑誌などのメディアでも多数活動。著書「大人のラジオ体操」はシリーズ累計83万部を超えるベストロングセラーに。
Chapter 1.「マスクでバレエ」 私たちの疑問と不安…
- バレエのレッスン中はやはりマスクを外してはいけないのでしょうか?
中村 いま(編集部注:2020年8月1日現在)、日本では感染拡大の状況が刻々と悪化してきていて、「第2波の到来」とも言われています。レッスン中もマスクは着用すべきですし、それだけでなく、1クラスはごく少人数で行うべき局面にきていると考えます。パ・ド・ドゥなど人と密着する振付も、避けたほうが安全でしょう。もちろん、
- スタジオをこまめに換気する
- クラスが終わるごとに床やバーの消毒をする
- 受講者はレッスン前に検温して、平熱より高い場合や、体調が悪いときはレッスンに行かない
- スタジオに入るときは、手指の消毒を忘れない
- レッスン中は“密”にならないよう、他の人との間隔を空ける
といった感染防止対策を徹底することも重要です。
ただしマスクをしてレッスンをすると、熱中症のリスクや、身体に空気が入りづらく酸欠の恐れも。とくにバレエは酸素を使って筋肉を動かす有酸素運動ですから、酸素が充分に入ってこないとパフォーマンスが低下してしまいます。レッスン中にマスクを着用するのなら、本来の着用のしかたではありませんが、鼻を出して口だけ覆うようにすると、空気の入り方が格段に良くなります。
- マスク着用で息苦しいのは、身体に酸素が足りていないということでしょうか?
中村 ちょっと実験をして、数字で見てみましょう。これはパルスオキシメーターといって、指に挟むだけで酸素濃度と脈拍数を計測してくれるもの。マスク必須の「Withコロナ」の時代、1家に1台備えておくとよい機器です。酸素濃度とは血液中の酸素の濃度のことで、正常値では98~99%くらい。
ためしに1分間、呼吸を止めてみてください。……みるみるうちに96%まで下がりました。そして、すごく苦しいですよね? たった2~3%下がるだけでも、かなり苦しいです。
パルスオキシメーター。洗濯バサミのようになっていて、指を挟むだけで血液中の酸素濃度と脈拍数を計測できる。価格は5,000円程度。日本人が考案した器具だそう
私もマスクをしてクリニックまで歩いてきて、息苦しさを感じて測ってみると、92%くらいまで下がっているときがあります。その値は“たらいの水に1分間、顔をつけた状態”と同じくらい。身体に空気を入れると、すぐに正常値まで戻りますが、バレエのレッスンはもとより、マスク着用でのランニングやウォーキングも、気をつけなければ本当に危険だと思います。パルスオキシメーターを携帯して適宜計測し、意識的に休憩を取ったり、運動量を調節するなど、身体の状態を確認しながら活動することをおすすめします。
- マスクをつけていると、熱中症にもなりやすくなるのでしょうか?
中村 熱中症のリスクは高まります。もともと日本の梅雨~夏の時期は湿度が高いため、汗をかいても蒸散しにくいという特徴があります。湿度の低いカラッとした気候だったら、汗が蒸散することによって体温が下がるのですが、汗が蒸散しないといつまでも体が熱いまま、体温が下がらない。そうするとまた体温を下げようと汗をかいて、これが脱水につながり、熱中症を引き起こすことになるのです。このような環境でマスクをしていると、さらに冷たい空気を吸えなかったり、マスクで覆われた部分に熱がこもったりして、体温調節がさらに難しくなります。
- マスクを着用していると、肌が荒れてしまうのですが……。
中村 マスクをしていると、覆われている部分の通気が悪く蒸れるため、「あせも」のような吹き出物ができてしまいます。肌荒れ予防に効果的なのは、通気性の高いマスクです。そしてレッスン中は汗をこまめに拭いて、終了後はきちんと洗顔を。顔の雑菌が繁殖しないように心がけましょう。
それから、マスクを清潔に保つことも大切です。朝・昼・晩とマスクを替えるなど、ずっと同じマスクを着けないこと。洗えるタイプのマスクは、洗濯して天日干しにするだけでなく、消毒をするとさらに良いですね。使用後のマスクを洗う前に漂白剤につけおきしたり、干す前にスプレー状のアルコール消毒液を吹きかけたり。そしてネットに入れれば洗濯機で洗ってもOKです。
- レッスン中の「汗」で感染することはないのでしょうか?
中村 コロナウイルスは「汗からは感染しない」とされています。ただ、目や口に触れた手指やタオルから、バーを介して感染が広がるリスクはあり得ます。
ウイルスを持っている人が、手指で目や口に触れたり、タオルで顔を拭ったりすると、ウイルスを含む分泌物や唾液がその手指やタオルに付着します。レッスンでは全員がバーに掴まりますし、使用済みのタオルをバーに掛けることもあるでしょう。そのため、バーを経由して感染する可能性は否定できません。バーは、自分がレッスンの最初に触った消毒済みの箇所以外は、触らないようにすると良いですね。
いまは新型コロナウイルスの抗体検査や抗原検査という簡易検査を受けられるクリニックも増えているので、全員でその検査を受ける、という方法もあります。感染の疑いがない人たちの集団ならば、その中では感染しないわけですから。
- 《レッスンで大事なポイントのまとめ》
- ❶[マスク着用]酸欠を避けるには鼻を出して口だけ覆う
❷[換気]こまめにスタジオの換気をする
❸[消毒]クラスごとに床やバーの消毒をおこない、受講者はスタジオに入る際に手指の消毒をする
❹[検温]レッスン前に検温をおこなう。平熱より高い場合や、体調が悪いときはレッスンに行かない
❺[距離を保つ]レッスン中は“密”にならないよう、できるだけ他の人との間隔を空ける
❻[触らない]バーは、自分がレッスンの最初に触った消毒済みの箇所以外は、触らないこと
Chapter 2. 「マスクでバレエ」 ドクターからのアドバイス
そのほか、『マスクでバレエ』で気をつけたいことや、身体を守るためのポイントを、中村先生にアドバイスしていただきました!
❶感染症・熱中症に負けない身体づくりを
どんなに対策をしていても感染リスクはゼロにはできませんし、熱中症の心配もあります。ですからまず大切なのは、より健康で強い身体を作ること。以下のようなことに、これまで以上に気をつけてください。
- 食事と睡眠で身体の土台を整える
- 暑さに身体を慣らす
- 水分補給&塩分補給に注意
まず、バランスのよい食事をしかるべきタイミングに摂って、“よい眠り”を取りましょう。汗で失われてしまうミネラルは、野菜や果物から摂取。エネルギー源となる炭水化物や、身体をつくるタンパク質もしっかりと摂るようにしてください。また効率的なリカバリーのためには、レッスン後2時間以内(本当は30分以内がベスト)に食事を済ませること。このタイミングに食事を取ると、レッスンで使った筋肉にきちんと栄養分が吸収されて、次のレッスンのときにもっとラクに使えるようになるなど、その日にやったことが次に活きていきます。それから、消化を妨げないため・就寝時の寝つきを良くするために、食事~入浴~就寝の間はそれぞれ1時間以上空けるよう心がけてください。
いまはコロナ禍で外出できなかったり、なるべく家で過ごす生活が続いていたりするために、暑い環境に身体を慣れさせることができていない人がたくさんいると考えられます。その身体の状態で急に暑いところへ行くと、熱中症が起こり得ます。気温が上がってきたら、人混みを避けて少し外へ出て、暑い環境に慣れておくとよいと思います。
レッスン中の熱中症予防としては、水分補給をこまめにすること。のどの乾きを感じてから水を飲むのではなく、乾きを感じる前に飲む、というのを習慣づけましょう。のどの渇きを感じるということは、その時点で2%ほど、身体の水分が失われているということです。2%水分が失われると、運動パフォーマンスが低下しますから、渇きを感じた時点ですでに踊りにも影響が出ている可能性も。スポーツドリンクは糖分過多なものが多いので、レッスン中の水分補給は水でOKです。あとは、塩分も忘れずに摂りましょう。食事をとるときに梅干しを食べるなど、積極的に摂取してください。
❷レッスンにおすすめのマスク
レッスン中のマスク選びのポイントは、通気性が高いかどうか。スポーツメーカーが販売している運動用のマスクや、薄手の生地の夏用のマスク、クール素材でつくられた冷感マスクは、通気性が高く呼吸がしやすいものが多いのでおすすめです。
ただし通気性が高いということは、繊維の目が粗いということ。飛沫の拡散防止効果はあまり期待できません。マスクは、着用した状態で息をふーっと吹いたときに、目の前のロウソクが消えてはNG、と言われています。それだけ呼気を通しているということですから、感染症対策としては不充分の可能性があるのです。けれどもレッスン用としては、そのくらい通気性のよいものが安全。みなさんもマスクを着けて口の前に手をかざし、息を吹いてみることで、マスクの通気性をチェックしてみてください。そして通常は不織布マスクなど目の詰まったものを着用し、スタジオに着いたら通気性の高いマスクに替える、というのも良いでしょう。
- 素材別マスクの選び方
- ● 不織布マスク:気密性がかなり高く、したがって通気性は低いので、レッスンには向きません。パッケージに「ウイルス飛沫・PM2.5・花粉 99.9%カット」などと記載されているもの等が、飛沫の拡散予防には適しています。不織布マスクは、どれも規格が似ていて、メーカーによる仕様の差が小さいのも特徴。通気性もみな同じくらいです。平面のマスクは張り付いてベタつきますし、呼吸もしにくいので、不織布マスクを着けるのなら、立体型の方が苦しくないと思います。
- ● ウレタンマスク:不織布マスクとは逆に、メーカーによって規格がバラバラ。薄くて通気性のよいものから、ウエットスーツのように分厚くて、伸縮性のないものも。上述の方法で通気性をチェックして、呼吸のしやすいものを見つけてください。
- ● 布マスク:布マスクを着けるのなら、生地が薄くて、立体的な形のものが望ましいでしょう。シルクの生地はさらりとしていて、口元に張り付かず、呼吸がしやすいのでおすすめです。
- ● フェイスカバー:口元がふんわりと覆われて肌に密着しないフェイスカバーは、呼吸がしやすくレッスンに適しています。よくジョギングしている人が着用している、鼻のところまで隠れるネックカバーのようなものですね。大判のハンカチやバンダナで手作りすることもできますよ。
- *【これはNG!】医療現場で使用されている「N95マスク」を日常で使うのは絶対にNGです! 肌への密着度がかなり高いため、とくに何もしていなくても、着けているだけで息苦しさを感じます。上記で触れたマスクはどれもサイドや鼻のところに空気孔があり、自分の飛沫は飛ばないけれども侵入してくるものは完全には防げない、と言われています。いっぽう、N95マスクは本当にピタっと肌に密着するので、ウイルスもブロックしてくれる分、空気の逃げ道がありません。N95マスクこそ安全だという考えから、街中でも着けている方を見かけることがありますが、危ないので絶対にやめましょう。ソーシャル・ディスタンスを徹底していれば、一般的な不織布マスクで充分です。
❸表情筋の衰えに注意!
マスクが手放せないこの生活では、口周りの筋肉が落ちてしまう可能性があります。バレエの表現には、口元や頬の動きもすごく重要ですよね。いまは人と会って話す機会も減っていますし、口元はマスクで隠れていて、他人に見られないから緊張感がない。口角を上げるクセがなくなってしまうので、マスクを取ったときに口角が下がってしまっていたり、うまく笑えない、顔がひきつるということも。日本人はもともと表情筋をあまり使わず、口元よりも目で感情を表現する人種なので、マスクをしていても違和感がなく、またマスクをすることに抵抗がないんです。レッスン中もマスク必須のいま、家では鏡を見て表情の練習をしたり、顔の筋肉を保つよう心がけておくとよいのではないでしょうか。
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気になることの多い、「マスクでバレエ」との向き合い方。
いつも以上に体調管理に気を配り、心の声に耳を傾けて、レッスンを楽しみしょう!