突然ですが、クイズです。
Q1 『白鳥の湖』第3幕の舞踏会で、客人たちの到着を知らせる華々しいファンファーレ。あの音を奏でている楽器は何でしょうか?
Q2 同じく『白鳥の湖』第3幕で、ロットバルトがオディールを連れて登場する時の不穏な低音を出している楽器は?
Q3 『ロミオとジュリエット』の第1幕で、モンタギュー家とキャピュレット家が対立する時の「♪バーン、バーン、バーン、バンバンバババババン〜」という緊張感が畳みかけてくるようなサウンドは、何の楽器の音でしょう?
これら3つは全部違う楽器ですが、分類でいうと、すべて“金管楽器”と呼ばれる種類の楽器が奏でています。(答えは、下の記事のなかに出てきます)
その金管楽器奏者のみなさんが、今回の記事の主役です。
彼らは、数々のバレエ公演で私たちを楽しませてくれているオーケストラ「シアター オーケストラ トーキョー」の楽団員。この12月には「ブラス・カブリオール」という金管楽器アンサンブルも結成し、0歳の赤ちゃん(!)からおとなまで楽しめるコンサートを行います。
チャイコフスキーでもプロコフィエフ でも、バレエ音楽ではあらゆるところで輝かしい音色を響かせている、いろいろな金管楽器。
でも私たちの多くは、それぞれの楽器がどんな音色を持っていて、どんな役割を担っているのか、よく知らないのではないでしょうか?
知れば知るほどおもしろい、金管楽器の世界。
実際にその音を聴ける動画も掲載しています。ぜひお楽しみください!
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- ブラス・カブリオール お話をうかがったみなさん
- トランペット:阿部一樹(あべ・かずき)さん
トランペット:佐藤秀徳(さとう・しゅうとく)さん
トロンボーン:菅 貴登(すが・たかと)さん
チューバ:喜名 雅(きな・まさし)さん
後列左から:菅さん(トロンボーン)、阿部さん(トランペット)、佐藤さん(トランペット)、手前:喜名さん(テューバ)
なぜ、その楽器の道へ?
――まずはみなさんが音楽を始めた年齢と、いまの楽器に出会ったきっかけを教えてください!
- 阿部 僕が初めて習った楽器はトランペットではなくてピアノです。確か5歳か6歳くらいのころ。母親がピアノ教室に通っていたのについて行って、ついでに僕も習い始めました。
――習い始めたら、音楽が大好きになったわけですね?!
- 阿部 いや、ピアノはそれほどでも……(笑)。音楽に対して本気になったのは、小学校のクラブ活動でブラスバンドに入り、トランペットに出会ってから。みんなで演奏することが、ものすごく楽しかったので。小学校を卒業する頃には、もう「これしかない。これしかやりたくない」と思うようになりました。
――同じくトランペットの佐藤さんの音楽人生の始まりはいつでしたか?
- 佐藤 僕は、母が家でピアノ教室を主宰していたんです。もう生まれたときからピアノの音のなかにいたので、音楽をいつから始めたのかは、ちょっとわかりません。
――佐藤さんも、その後ピアノではなくトランペットの道に進んだわけですね?
- 佐藤 ええ、小学6年生になる時に鼓笛隊に入って、そこでトランペットを始めました。僕は生まれた時からいつもそばに音楽があったけれど、ピアノの練習は嫌いだったし、大して弾けもしなかったし。でも、トランペットに出会ったら、一瞬で夢中になりました。最初から音を出すこともできたし、もともと楽譜は読めたから指使いを覚えるのも早かったし、子どもながらに「これなら僕はいけるかもしれない」という手応えを感じたのだと思います。
佐藤さんにトランペットを吹いていただきました。軽やかなフォルムから響く華やかな音色!
――トランペットは自分で選んだのですか?
- 佐藤 最初はトロンボーンを吹いている上級生を見て「カッコいいな」と。それでまず金管楽器に興味を持ったのですが、トロンボーンは腕が長い人のほうがいいと言われていたんですね。僕は小柄だったから、それならトランペットのほうがいいだろうと思って選びました。
――では、トロンボーンの菅さんはどうでしょう?!
- 菅 僕は小学6年生のとき、担任の先生に「菅くん、ブラスバンドでトロンボーンが1人足りないから、君がやりなさい」と言われまして(笑)。僕は佐藤さんや阿部さんと違って、それまで音楽とは無関係の環境で育っていたんですね。だからトロンボーンとの出会いが、音楽を始めたきっかけでもありました。
――音楽人生の始まりがトロンボーンというのもすごいですね!
- 菅 そうですね。中学校でも吹奏楽部に入部したのですが、その部活動が本当に楽しくて。毎日たくさん練習するから、それなりに上手くもなりますし。それで高校に入った時に、「もっとちゃんとトロンボーンを習ってみよう」と思い立ち、レッスンにも通うように。それでさらに練習して、上達して……となるうちに、これを仕事にできたらいいなあと考えるようになりました。ありがたいことに、いまもこうして続いていて、いい仲間にも恵まれて、こういう環境で演奏できて幸せです。
「腕が長い人のほうがいいと言われていた」(佐藤さん)というトロンボーン。スライド管をいちばん短くした時はこのくらいですが……
最大に伸ばすとこんなに長い!!!
――テューバの喜名さんはどうでしょうか?
- 喜名 僕は、小学3年生のときに吹奏楽部でトランペットを始めたんですけど、4年生からテューバに変わりました。でも僕、そもそも音楽は嫌いだったんです。
――え!
- 喜名 どのくらい嫌いだったかというと、小学1年生のときに鍵盤ハーモニカがまったくできなくて、さらに曲も知らないからもっと嫌いになって、音楽の授業のある日は鍵盤ハーモニカをわざと忘れていって、1時間なにもせずじっと座っていたくらいです(笑)。
- 菅 頭いいですね(笑)。
- 喜名 でもそんな僕が、小学3年生のときに吹奏楽部に入ったんです。理由は、兄が入っていたから何となく、だったんですけど。でもそれでトランペットを始めたら、楽しかった。やっぱり、みんなで合奏するのが楽しかったんですね。
――そしてほどなくして、テューバに転向すると。
- 喜名 先輩の6年生が卒業してテューバ担当がいなくなり、トランペットのなかから誰か……となったときに、たまたまいちばん背の高かった僕が指名されました。
テューバ。長身でがっしりした体型の喜名さんが抱えても、この大きさ! でもキラキラしたボディがとてもきれいです
――やはり、テューバは大柄な人のほうが向いているのですか?
- 喜名 ある程度は、というくらいで、そこまで関係はないと思います。女性のテューバ奏者もたくさんいますし。
――そもそも金管楽器というのは肺活量が必要というイメージがあります。その意味で、身体的には男性のほうが向いている、ということはないのでしょうか?
- 佐藤 そんなことは決してないということを、いまの女性演奏家たちの活躍が証明していると思います。
――ちなみに、先ほど佐藤さんが「最初から音を出せた」とおっしゃいましたが、普通、最初は音が出ないものなんですか?
(一同、大きくうなずく)
- 佐藤 出ない人は、出ないですね。
――出る人と出ない人では、何が違うのでしょうか?
- 阿部 それが、わからないんですよ。いま、子どもたちに教える仕事もしているのですが、やっぱりわからない。たぶん、生来持っている身体感覚に、何かしらの違いがあるのだと思います。
金管楽器のここが魅力!
――みなさんの楽器ならではの魅力を教えてください!
- 喜名 低音を出すテューバは、曲のなかの伴奏の部分を担当することが多いんです。だから、その曲全体を支える存在であるところが魅力だと思いますね。車にたとえるなら、タイヤの役割を担っているのがテューバかなと。どんなにいいボディ、いいシートを備えた車でも、タイヤがパンクしたら使い物にはなりません。低音には、そういう大事な役割があると思っています。
●テューバの音を聴いてみよう!
- 菅 オーケストラのトロンボーンセクションでは基本3人の奏者で動いていて、例えば「ド・ミ・ソ」という和音を作るなら、ドはAさん、ミはBさん、ソは僕、というふうに、3つの音を1人ずつ分担してハーモニーを作っています。さらにその下の音をテューバが出して、4人で「ド・ミ・ソ・ド」を作ったりもするんですけど。つまり、トロンボーンはオーケストラのなかでハーモニーという“色彩感”を出す楽器。そこが、僕らのいちばんのやりがいです。美しい色彩感を奏でられたときは最高に楽しいし、幸せだなと感じます。
――まさに共同作業で、ひとつの和声を生み出しているんですね!
- 菅 そうですね。その調和がうまく取れたときには、すごくハッピーな時間が過ごせます。
●トロンボーンの音を聴いてみよう!
――しかし、ということは、万一ケンカしてしまうとハーモニーまでギクシャクしたりするのでしょうか……?
- 菅 プロですから、そこは大丈夫ですよ。
――ですよね! それでは、トランペットの魅力とは?
- 佐藤 テューバやトロンボーンの作ったハーモニーの上で、メロディを奏でることが多いのがトランペット。たとえば合唱ならソプラノ・パートにあたるのがトランペットで、その曲のメロディラインを取り、先頭を切って音楽を前に進めていく役割を担う楽器です。僕らがまず音を一発吹くのを聞いてからほかの楽器の人もワッと動き出し、そのセクションの音楽ができ上がっていく。そこがたいへんでもありますが、やりがいのあるところです。
――なるほど、リーダー的な楽器ということですね!
- 阿部 自分たちでは言いにくいですけど、その通りです(笑)。
- 菅 そう、トランペットが「行くぞ!」と吹けば僕らみんなも行くし、「待て!」と示せばみんなで待つ。
――私たちのよく知っているバレエ音楽のなかで、みなさんの楽器の音を「これか!」と聞き取れるのはどの曲でしょうか?!
- 佐藤 『白鳥の湖』第3幕、各国の踊りが入場してくるところのファンファーレ。あそこはトランペットの3人だけで演奏する、重要なファンファーレです。それからナポリもトランペットが1人で吹くソロになります。
●トランペットの音を聴いてみよう!
- 喜名 低音のテューバが活躍する場面というと、基本的には“悪者”が出てくるところが多い気はしますね。
――『白鳥』ならロットバルトですね?
- 喜名 そうです。第3幕でロットバルトがオディールを連れて出てくる「♪タタタタタタタタンタンタン」というところなども、テューバが吹いています。あと、僕自身がバレエ音楽のなかで好きなのはプロコフィエフ の『ロミオとジュリエット』や『シンデレラ』。チャイコフスキーとはまた全然違うかたちで、テューバがとても美しく使われています。
――例えば『シンデレラ』なら、どこでテューバの音を聞けますか?!
- 喜名 わかりやすいのは、シンデレラが変身してお城へ向かう場面のワルツとか。第3幕の王子と靴職人のシーンのソロもありますね。
- 佐藤 もう幕開きからラストのクライマックスシーンまで、プロコフィエフならではのあの何とも言えない響きを作っているベースラインは、テューバですよね。
- 喜名 本当にゾクゾクするようなすごい使い方をしていますよね、プロコフィエフは。
――トロンボーンはどうでしょう?!
- 菅 いまの話の流れで言うと、プロコフィエフ の『ロミオとジュリエット』の第1幕でモンタギュー家とキャピュレット家が衝突する場面の音楽がありますよね。「♪バーン、バーン、バーン、バンバンバババババーン」というところ。あれは、トロンボーンのみんなでバーンと吹いています。
――ああ、あのすごくドキドキするところ!
- 菅 第3幕の本当に最後、ジュリエットが命を絶って悲しい場面のはずだけれども、じつは音楽はハ長調に転じているところがあります。そこも、トロンボーンが吹いています。あのような場面は、舞台上の演技と僕たちの音色とで、物語や感情がうまく表現できるといいな……思いながら演奏しています。
金管楽器の苦悩…
――先ほどトランペットが大活躍するシーンとして教えていただいた、第3幕のファンファーレ。あれは観客の目もパッと覚めるような鮮烈な音ですが、あのように突然、大音量で音を出すというのは、緊張しないのでしょうか?
- 佐藤 いや、もちろんたいへんですよ……。
- 阿部 違う音を出したら、誰にでもわかってしまうから……。
――ああ……。
- 阿部 金管楽器は、ひときわ音が大きいでしょう? だから僕らが間違えるということは、音楽に大きな傷を作ってしまうことになるので。
- 佐藤 そう、隠しようのない傷になってしまう。
- 阿部 バレエだと、さらに難しいです。たとえばダンサーが最後に決めポーズをする、その瞬間にぴたりと合わせて音楽も「ジャン!」と決めなくてはいけないことがありますよね。ああいった時も、一発先に飛び出したりしようものなら……。もう、いつもプレッシャーを感じながらやっています。
- 佐藤 僕たちからは踊りが見えないので、よけいに難しいですよ。指揮者を一生懸命見てはいるけども、おのおのが座っている場所によって、見え方が違ったりもするので。
- 喜名 とくにトランペットは、先陣を切って飛び出していかないといけない立場ですからね。
- 佐藤 そう、かなり思いきって音を出さなくちゃいけない。
- 菅 勇気を持ってね。
- 阿部 そう、勇気が要るんです。でもその意味では、『白鳥』の2幕のワルツにおけるテューバもそうでしょう? 最初の「♪ブン・チャ・チャ」の“ブン”をテューバが出さないと、誰もそのあとの“チャ”が出せない。
- 喜名 確かに、あそこも勇気が要りますね。
生の音を、全身で浴びる体験を!
――この12月18日(水)には、みなさんのほかにホルン奏者などのメンバーを加えて、金管楽器だけの「クリスマス・スペシャル・コンサート」を開催されますね!
- 阿部 ええ、1日で2つのコンサートを開催します。ひとつめは、「0歳児からのキッズコンサート」。これはもう本当に、小さな赤ちゃんや子どもたちが泣いても笑っても走り回っても大丈夫です。僕たちの音は、どんなに元気なちびっこたちの声にも負けませんから(笑)。
- 佐藤 ふだんは「赤ちゃんがいるからコンサートなんて行けない」というお父さんやお母さんたちにも、お子さんと一緒に気がねなく楽しんでほしいですね。
- 喜名 素敵な音を、親子でたっぷり浴びていただいて。
――いいですね! とても楽しそうです。
- 佐藤 それから夜は金管十重奏による「クリスマス・コンサート」。これもすごくカジュアルに楽しめるコンサートになりますので、ぜひリラックスして金管の音を楽しんでいただきたいですね。こちらのコンサートでは『くるみ割り人形』も演奏するのですが、個人的にはこれがいちばんの目玉かなと思います。バレエでおなじみのあの曲が、金管アンサンブルで聴くとこうなるのか! という驚きの体験をお楽しみください。
――おもしろそうです……!
- 阿部 僕たち音楽家としての思いは、目の前で演奏される音を、ぜひ浴びてみていただきたい、ということです。それはダンサーが踊るのを生で観るのと同じように、特別な体験になるはず。とくに今回は150席くらいの小ぢんまりとしたホールですから、CDやネット配信で聴くのとはまったく違う発見が待っていると思います。
――音楽家がいまここで生み出している音を聴けるというのは、本当にスペシャルなことですよね。
- 阿部 僕たちが楽器を鳴らすと、本当に空気が振動するんです。音というのは、振動ですから。その振動を、全身で感じてみていただきたいです。
- 菅 生演奏を目の前で見るというのが、もう何よりもいちばん肌で感じられますよね。とくにわれわれは、“吹く楽器”ですから。その呼吸の一つひとつも一緒に感じてほしいと思います。
――呼吸。そうですね。
- 菅 僕らはひとつの音を出すにも呼吸をしていて、その呼吸感――テンポだったり、スピードだったり、あたたかさだったり、そういったものも見ていただけたら。あと、楽器によってそれぞれに違う“吹き方”を見るのも、おもしろいと思いますよ。
――このコンサートは、バレエを習っている子どもたちや、いま学校の部活動などでブラスバンドに入っている生徒のみなさんにもぜひ聴いてほしいですね?
- 佐藤 僕たちは学校の吹奏楽部の指導に行ったりもしていて、そこで生徒たちによく伝えることなのですが、子どもたちにはシンプルに「音楽が好き」という気持ちで練習してほしいし、楽しんでほしい。難しく考える必要はないし、小さなことにとらわれる必要もありません。今回のコンサートも、楽器の経験の有無に関わらず、ただ音を楽しむ体験をしに来てほしいなと思います。
- 喜名 楽器も踊りも、頭でやり方を理解するだけではだめで、体で“感覚”をつかむしかないところがあると思うんですよ。僕はよく子どもたちから「大きい音はどうやって出すのですか?」「低い音はどうすれば出ますか?」といった質問をされるのですが、言葉で答えたことを頭で理解してもらっても、たぶんできるようにはならない。逆上がりみたいに、実際に自分でやってみて、試行錯誤しているうちに、ふとコツをつかむときがやってくるんです。そんな体験を子どもたちにはたくさんしてほしいし、僕たちの演奏が、そのための刺激になったらいいなと思います。
みなさん、楽しいお話と素敵な音色をありがとうございました!
公演情報
Vol.1 金管十重奏 “ブラス・カブリオール” 「クリスマス・スペシャル・コンサート」