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「小林十市が語る、ベジャールの魅力と『くるみ割り人形』」イベントレポート&小林十市さんインタビュー

阿部さや子 Sayako ABE

小林十市さん Photos:©️Ballet Channel

2025年2月7日(金)〜9日(日)に東京バレエ団が上演する「ベジャールの『くるみ割り人形』」
そのプレ企画として、2024年12月22日、ベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)のバレエマスターを務める小林十市さんのトークイベントが開催されました。

タイトルは「小林十市が語る、ベジャールの魅力と『くるみ割り人形』の世界」
1998年の初演時にメインキャストである猫のフェリックス役を演じた十市さんから、同作を作っていた現場のことや、フェリックスに配役された経緯、トレードマークの赤いヘアの秘密、実際の舞台ではどう演じたのか……等々、まさに“秘話”と言うべきエピソードが次々と飛び出しました。

会場は東京文化会館の大会議室。広い会場いっぱいにオーディエンスが集まっていました!

冒頭はバレエマスターとしての日常について。バレエ団に出勤したらまずパソコンを起ち上げて、デスクワークから1日がスタートするという十市さん。日々たくさん届くオーディションや研修への申し込みに自ら返信するなどメールをさばいてから(!)、スタジオへ向かってウォーミングアップ。そしてレッスンやリハーサルの指導をし、本番のある日はジュリアン・ファヴロー芸術監督と共に客席に座ってダメ出しノートを取る……等々、ワーキングデイのリアルな様子が語られました。

日々忙しそうな十市さんですが、オフの時間は「クラスレッスンでダンサーたちに与えるエクササイズを考えたりしています。その時にリハーサルしているレパートリーや公演の内容を意識して、みんなの身体をちゃんと整えられるクラスを構築したいので」。そうでない時はバイクに乗って、ローザンヌ近郊、とくにレマン湖沿いの美しい道を走るのがいちばんの楽しみなのだそう。

ほどなくしてトークは「ベジャールの『くるみ割り人形』」の話題へ。初演時の思い出は?と問われた十市さんがまず口にしたのはこんなエピソード。

「バレエ団の食堂で、ベジャールさんが僕のところに来てこう言ったんです。『ジュウイチ、また猫なんだけど……』。なぜなら僕は過去にも『エレジー』『Mr. C…』ですでに2回ほど猫の役を踊っていたので、思わず自分も『またですか……』と言ってしまいました(笑)。ならば他の動物をと、ベジャールさんは何日間かすごく考えていたけれど、最終的に『やっぱり猫で』と。それで、3回目の猫をやることになりました」。

フェリックスといえば、炎のように逆立つ赤い髪。ベジャール氏からは「『ニーベルングの指環』のローゲ役でジル(・ロマン)が使った、赤い髪のカツラを使うように」と言われたものの、「なぜかジルは『いや、それは渡したくない』と言って貸してくれなかった(笑)」。そのため十市さんは、公演のたびに地毛をスプレーでガチガチにセットして演じていたという、驚きのエピソードも明かされました。

ちなみに東京バレエ団のこれまでの上演では、カツラを使用しているとのこと。果たして今回は……。

役作りについては、「ベジャールさんから細かく演出された記憶はまったくない」と十市さん。「ここでビムを捕まえて、次はあっちに行って……といった大まかな指示があるのみ。だから僕は自分でその場面の状況を把握して、わりと自由に猫として動いていた記憶があります。メイクもそう。『こうしてほしい』という明確な指定はないので、自分なりに猫っぽいメイクを考案したものが、いま東京バレエ団の人たちにも受け継がれています」。

こちらがフェリックス役を演じる十市さん……! 写真提供:小林十市

ヘアメイクも素敵です! 写真提供:小林十市

トーク中には、秘蔵映像コーナーも。スクリーンに映し出された映像を見ながら、トークはますます具体的かつディープな内容に。「フェリックスを演じるにあたっては、実際の猫を観察して、自分なりに猫っぽい動きを付け足していきました。たとえば舞台上で座って待機している時に、膝から下をゆっくり動かして尻尾に見立てたり、目を見開いたまま一点をじっと見続けて、突然ふっとそっぽを向いたり……」と、十市さん自ら床の上で実演して見せてくれるひと幕も!

「一点をじーっと見ていて、突然パッ!と……」猫らしさの演技を実演してくれた十市さん

「ベジャールさんは振付ける時、ただ『そこに座ってて』『そのあと向こうへ動いて』等と言うだけなんです。そんなふうにダンサーが自由に、自分なりに解釈して表現できるのがベジャール作品の良さだと思う。ただ、それはベジャールさんがそこにいるからできること。自分で自由にやってみて、ベジャールさんがOKならOKだし、ベジャールさんの解釈と違っていれば『そこは違う』と指摘してもらえるので。だから逆に言えば、ベジャールさん以外の人が振り写しするとなると、そこまで自由度は広がらない。難しいところです」。

また、のちにビデオやDVDとして発売された「ベジャールの『くるみ割り人形』」の映像で、第2幕グラン・パ・ド・ドゥの男性ヴァリエーションだけ、フェリックスの十市さんが踊っていることについてのお話も。

「あれは初演から少し経って、シャトレ座で21公演くらい上演された時のこと。グラン・パ・ド・ドゥに配役されていたドメニコ・ルヴレがふくらはぎを痛めていて、ベジャールさんから『ジュウイチ、ソロのところだけ踊ってくれないか。君の好きな振付でいいから』と言われたんです。ベジャールさんのオリジナルの振付は、派手な動きがなく地味に難しい。自分はそれはやりたくなくて、最初はバリシニコフや熊川哲也氏がやっているバージョンをやろうとしたけれど、練習してみたら軸足をくじきそうになった。やはりその前にフェリックスのソロも踊っていて疲れているし、クラシックのソロだからごまかしもきかない。いろいろ試して、最終的には、当時ゲスト教師だったメイナ・ギールグッドさんからの『余計なステップを入れず、潔くシンプルにやりなさい』というアドバイスで踊ったのがあの映像です」。

どんなヴァリエーションを踊ったのか、動きを交えながらつぶさに説明してくれました

イベント終盤には参加者との質疑応答コーナーも。十市さんからしか聞けない話だらけの60分、最後は十市さんからのメッセージで締めくくりとなりました。

「ニュースを見れば、いまも戦争をしている国があったり、いろいろな問題が報じられています。それでも僕らはこうしてみんなで元気に年を越して、新しい年を迎えられる。もう感謝しかないと思う日々です。みなさんも、健康にはお気をつけて。本日はありがとうございました!」

イベント終了後、十市さんにインタビューしました!

トーク、とてもおもしろかったです。
小林 何しろ今朝ローザンヌから日本に着いたばかりで、言葉が上手く出てこなくて……話が少し散漫だったかもしれません。
そんなことはまったくなかったです! むしろ、いつものことながら非常に細かいことまでクリアに覚えている十市さんの記憶力にあらためて驚かされました。
小林 自分が踊ったものに関しては覚えていますが、ものによります。たとえば多くの作品で、初演の時と、それを何度も踊り込んでいった後とでは、かなり違っていることがある。それはベジャールさんが変えたのか、それともベジャールさんに与えられた自由度の中で、僕が自分で変えたことなのか。それがいまとなっては判然としない、ということも間々あります。
トーク中、「ダンサーに自由度があるのがベジャール作品の良さ。しかしそれはベジャールさんがそこにいたからできたことだ」というお話がありました。いっぽうで、十市さんはいまベジャール作品を指導する立場として、ダンサーたちに「そこのジャンプは、自分が変えたければ変えてもいいんだよ」等と言ってあげるものの、ダンサーたちのほうがなかなか変える勇気を持てない、というお話も出てきました。ベジャールさん亡きいま、作品の中で「ダンサーが変えていいこと」と「絶対に変えるべきではないこと」の線引きとは何でしょうか?
小林 僕が「変えていい」と言うのは、自分が踊っていた時に、ベジャールさんが「そこは変えてOK」としてくれていた範囲のことです。たとえば、それを変えたとしても振付の流れじたいには影響しないステップなど。だから、初演の時に立ち会っているかどうかによって、教えられる範囲は大きく左右されます。そして初演に立ち会っていたとしても、いまバレエ団で指導的立場にあるジュリアン監督、エリザベット(・ロス)、ドメニコ、僕の4人では、互いに解釈が違っていることもあるんです。それがいま最も大変なことのひとつで、僕はとにかく4人で話し合って、できる限り擦り合わせをして、ダンサーたちが混乱しないようにベストを尽くしています。本当に難しいところですね。
2月の東京バレエ団「ベジャールの『くるみ割り人形』」、十市さんもリハーサル指導にあたるのですか?
小林 残念ながら、今回は指導には入りません。BBLのほうの仕事を抜けられないのと、ちょうどその頃に1週間ほどパリ・オペラ座バレエ学校へ『ギリシャの踊り』の指導をしに行くことになっているので。
「ベジャールの『くるみ割り人形』」について、十市さんがとくに好きなところは?
小林 場面としても、音楽としても、ビムと母のパ・ド・ドゥのところが好きです。あとは、『ファウスト』のメフィストのシーン。自分が出演していた頃は、あそこでフェリックスとしてちょろちょろしているのがすごく楽しかった。
フェリックスの存在がこの作品をさらにおもしろくしていると、舞台を観るたびに思います。
小林 確かにそういう面はありますね。踊り的にも2つのソロなど見どころがありますが、それ以外での存在の仕方が、何よりも大切で。ただフェリックスとして、そこにいる。特別なことをするわけではないけれど、舞台を見終えたお客様の中に、「あの場面にフェリックスがいたよね」と記憶が残っている。そんな居方ができたら最高なのではないでしょうか。
フェリックスは、ベジャールさんが十市さんに託した3つめの猫役だったとのこと。いったいベジャールさんは、十市さんのどんなところに猫性を感じていたのだと思いますか?
小林 何でしょうね……僕、猫アレルギーなんですけどね(笑)。自分としては、ありのままの僕でいただけなので、心当たりはとくにありません。ただ、猫の役を通して、僕はつま先の使い方などをずいぶん鍛えられた気はします。猫的な動きは床をすごく使わなくてはいけないし、猫を通して学んだものは意外と多かったかもしれません。

インタビューの最後に、フェリックスのポーズをいただきました!

公演情報

創立60周年記念シリーズ12
ベジャールの「くるみ割り人形」全2幕

日時

2025年

2月7日(金)19:00

2月8日(土)14:00

29日(日)14:00

会場

東京文化会館 大ホール(上野)

詳細

NBS日本舞台芸術振興会 公演WEBサイト

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