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新国立劇場バレエ団「ライモンダ」特集【Part 1】バレリーナに聞く、ライモンダ〈5つのヴァリエーション〉案内

阿部さや子 Sayako ABE

柴山紗帆(新国立劇場バレエ団)©︎Hidemi Seto

“クラシック・バレエの父”マリウス・プティパが作った最後の大作と言われる『ライモンダ』
豪華な舞台美術、絢爛な衣裳、美しい音楽、クラシック・バレエの煌めくようなステップが散りばめられた踊りの数々……。
バレエの魅力が詰まりに詰まった作品ながら、全幕で観られる機会はあまり多くないこの作品を、2021年6月5日(土)より新国立劇場バレエ団が上演
同バレエ団が『ライモンダ』全幕を上演するのは2009年以来、じつに12年ぶりです。

今回は本作の大きな見どころである2つのポイントに注目して、2回にわたって『ライモンダ』特集をお届けします。

【Part 1】「バレリーナに聞く、ライモンダ〈5つのヴァリエーション〉案内」
この作品では、ヒロインのライモンダが、なんと5曲ものヴァリエーションを踊ります
しかもどの曲も、ガラ公演やコンクール等でもよく踊られる素敵なソロ。
それぞれの特徴や魅力や難しさ等について、6月11日(金)に同役を踊るソリストの柴山紗帆さんに教えていただきました!

写真:瀬戸秀美

『ライモンダ』あらすじ
十字軍の遠征に出ているジャン・ド・ブリエンヌと密かに婚約の約束をしているライモンダは、再会を夢にみるほど彼の帰還を待ちわびている。サラセンの王アブデラクマンも、美しいライモンダを憎からず思っている。ライモンダの叔母である伯爵夫人の館で開かれた宴に招待されたアブデラクマンは宝石や数々のめずらしい踊りで彼女の気を引こうとするが、そこにジャン・ド・ブリエンヌが登場して、彼女をめぐり決闘となる。

柴山紗帆さん、本日はよろしくお願いします! まずは今回ライモンダ役を踊ると決まっての率直なご感想を。
柴山 大きな役をいただくと、いつも最初は信じられない気持ちなのですが、今回はとくにびっくりして……動揺しすぎて、しばらくその場でうろうろしてしまいました(笑)。そのくらい嬉しかったんです。全幕で踊る機会の少ない作品ですし、新国立劇場バレエ団オリジナルのレパートリーでもあるので。もちろん不安もありますが、主役に選んでいただけたことをとても光栄に思っています。
それにしても『ライモンダ』という作品は、ライモンダのヴァリエーションがとにかく多い!という印象があります。
柴山 多いですね。他の全幕作品だと主役のソロはだいたい3曲くらいなのですが、『ライモンダ』の場合は5曲もあります
しかも、その5曲のうち3曲が第1幕で踊られますね。
柴山 そうなんです。通常は1幕に1曲くらいですので……初役ということもありますし、体力的にどうなるのか、ちょっと未知の領域です(笑)。でも5曲とも音楽がとにかく美しくて心に響きますし、似たステップが出てきたとしてもそれぞれに質感が違うので、難しいけれど楽しいです。
それではさっそく、各曲についてお話を聞かせてください!

Variation 1:ピチカートのヴァリエーション〈第1幕〉

第1幕序盤、ライモンダが登場して早々に踊るヴァリエーションがこちら。ヴァイオリンの弦を指で弾く奏法(ピチカート奏法)の曲で踊られることから、通称「ピチカート」と呼ばれるソロですね。
柴山 ライモンダの誕生日を叔母のドリ伯爵夫人たちが祝ってくれる、という場面で踊ります。しかも愛するジャンが明日帰ってくるというお手紙と肖像画をもらって嬉しい!という気持ちが表れたソロなので、これは楽しく踊りたいと思っています。
音楽も可愛らしくて、恋する乙女の可憐さがそのままステップやポール・ド・ブラになったような振付ですね。
柴山 このヴァリエーションで心がけたいことをひと言でいうと「華やかに、でも繊細に」。上体の動きは華やかで、まさに喜びがあふれるような振付なのですが、足元は細かいポワント・ワークが詰まっています。音楽に乗るという意味でも、弦を弾く音をつま先で取っていくようなイメージで踊れたら。そして胸から上は自由に大きく動かせるようにするのがいまの私の課題です。

Variation 2:ヴェールのヴァリエーション〈第1幕〉

第1幕でライモンダが踊る2つ目のソロ。先ほど見学させていただいたリハーサルでは、まさにこの白いヴェールを手に踊るヴァリエーションを練習していましたね。
柴山 じつはあのヴェールを手に持って踊ったのは今日が初めてで……。(編集部注:取材は5月中旬)『ラ・バヤデール』のニキヤを踊った時もヴェールを使ったソロがあったのですが、それとはまた違う難しさでした。
どのように違うのですか?
柴山 ニキヤのヴェールはもっと長いのですが、それをソロルとふたりで動かしながら踊ります。ソロルと息を合わせる難しさはあったのですが、ライモンダのほうは、ひとりで全部コントロールしながら踊らなくてはいけません。上半身をもっと使って、自分が思っている以上に大きく動かさないと、ヴェールの軌跡が綺麗に見えないんです。手先だけで何となく動かしてもダメなのだと実感しました。
ライモンダが優しく空気を揺らす、その軌跡をヴェールが描き出すさまが夢のように美しい……と思いながらいつも見ているのですが、あのようにたなびかせるのはじつはとても難しいのですね。
柴山 自分が動いたあとからヴェールがふわりとついてくるので、体に絡みそうになったりすることも……。でもやはり、ヴェールを動かすたびに柔らかな残像が残るのがこのヴァリエーションの素敵なところ。曲もすごく好きなので、踊っていて楽しいなとも思います。

物語の中では、あのヴェールはジャンからのプレゼントですよね……?
柴山 そうなんです。とても大事なものなので、大きく動かしつつも扱いが雑にならないようにしなくてはいけません。ライモンダのヴァリエーションは全般的にクラシック・バレエのスタイルや技術をしっかり見せることが重要ですが、このヴェールのソロは、なかでもいちばん彼女の心情的な部分を見せる踊りだと思うんです。プリンシパル・ソリスト・コーチの菅野英男さんが「ジャンと踊っているような気持ちで」とアドバイスしてくださった言葉も心に残っています。最後のヴェールを肩にかけるポーズも、「ジャンに抱きしめられているようなつもりで」と。
素敵ですね。
柴山 ヴェールをただの小道具として使うのではなく、それを通してライモンダの感情がお客様に伝わるように踊りたいと思います。

Variation 3:夢の場〈第1幕〉

第1幕の3つ目のソロは「夢の場のヴァリエーション」。文字通りライモンダが夢の中で踊ります。これはローザンヌ国際バレエコンクールなどでもよく踊られるとても有名なヴァリエーションですが、ライモンダのソロのなかで技術的にはこの夢の場がいちばん難しいと話すバレリーナが多い気がします。
柴山 そうですね、技術的には……でも難しいと言ったらどの曲も難しいです(笑)。この夢の場のヴァリエーションに関しては、最初にピケ・アラベスクで立つところから大変です。軸脚の上に乗るのを躊躇しても乗り切れないし、思いきって行き過ぎても次の動きに繋がらなくなってしまう。そのちょうどいい位置に一瞬で立って、しかも美しいラインを見せなくてはいけません。
確かに、ピケ・アラベスクで立って、そのまま静かにア・テールに降りて、今度は前にデヴェロッペして……と前後に揺れるようなあの一連の動きが滑らかでないと、観ている人はちょっと現実に引き戻されてしまう感じがするかもしれませんね……。
柴山 そうなんです。まるで夢の中にいるように動きを止めず、滑らかにステップを連ねていくことや、足元は強く、でも上体はふんわりと使うこと、ポーズで止まるのではなくそこからさらにラインを伸ばし続けることなど、ピチカートとはまた違う種類の繊細なコントロールが必要です。とても難しいですけれど、それこそがこのヴァリエーションの魅力だと思うので、しっかり練習したいと思います。
先ほどのお話にもあったようにこれはコンクールなどでも踊る人が多いヴァリエーションですが、そうした難しいコントロールやこのソロ独特の“質感”を表現するためのコツがあれば教えてください。
柴山 私も教わって「なるほど」と思ったのが、上半身と下半身で、動きに少しタイムラグをつけるということです。例えば冒頭のピケ・アラベスクであれば、足をア・テールに下ろしてから上体をさらに引き上げていく、というように。これは私にとっても初めての感覚で、勉強になっています。あとは、ゆったりとした音楽なので、単調に踊ってしまうと退屈な踊りにもなってしまうと思うんです。かといって他の作品のソロみたいにアクセントをつけてしまうとまた夢が醒めてしまうので、上体を大きく使ったり指先で音を取ったり、メリハリの付け方にも繊細なこだわりが必要だなと感じているところです。

Variation 4:帰還の宴のヴァリエーション〈第2幕〉

続いて第2幕、ジャンの帰還を祝う宴の場面で踊られるのが、4つ目のソロですね。
柴山 いよいよ彼が帰ってくる、という嬉しさのなかで踊るソロです。最初のピチカートと心情的には近いのですが、こちらはまさに帰還の当日。「この日を待ち望んでいた!」という気持ちをよりしっかりと出せたらと思っています。
このソロにはさまざまな回転技がちりばめられていたり、後半ではポワントで立ったまま小さなジャンプで斜めに進んだりと、テクニカルな振付だという印象があります。
柴山 これも技術的にとても難しいところがたくさんあります。とくに前半。最初から回転で始まるのですが、ダブルを回ったらそのまま脚を出して次の動きに入る……というように、通常だったら5番ポジションで落ち着いて終われるはずの回転が、5番では終われないんです(笑)。
確かに! すべてのテクニックが、一連の踊りのなかであくまでもさりげなく行われていく感じがしますね。
柴山 例えば『白鳥の湖』の黒鳥のヴァリエーションだったら、まず「これから回ります」というプレパレーションがあってから回り始めますが、このライモンダのソロは、踊りの合間に何気なくピルエットが織り込まれているような感じです。回ることそのものも大切ですが、回り終えたあとの流れをスムーズにすることがより重要だと思います。
回転などきらめくようなテクニックを観ることもバレエ鑑賞の楽しさのひとつですから、このソロも『ライモンダ』の大きな見どころと言えますね。
柴山 その意味では、回転系のテクニックがたくさん出てくるのは5つのヴァリエーションの中でもこのソロだけなので、お客様に楽しんでいただきたいですね。

Variation 5:ハンガリアン(手打ち)のヴァリエーション〈第3幕〉

ついに5つ目にたどり着きました! ラストのヴァリエーションはもちろん第3幕、ライモンダとジャンの結婚式の場面。荘厳なグラン・パ・クラシックの中で踊られるハンガリー風のソロで、冒頭に手を打つ特徴的な振付があることから通称「手打ちのヴァリエーション」とも呼ばれます。
柴山 『ライモンダ』の中で最も有名なヴァリエーションですし、新国立劇場バレエ団でもこの第3幕のグラン・パ・クラシックのみの抜粋上演を行っているので、これはご存じの方が多いのではないでしょうか。
踊り手として、このヴァリエーションの魅力や特徴だと感じることはずばり何でしょう?!
柴山 それまでと空気をガラッと変えなくてはいけない踊りだと思っています。ステップ自体は、その気になれば誰でもできてしまうくらいシンプル。でも、それをどう見せるのかがとても難しい。踊る人の芯の強さが問われるというか、自分の立ち姿に確固たる存在感がなければ、あの音楽に負けてしまいます。そしてバレエ団のダンサーが総出演する壮麗な場面でもありますので、そのみんなをまとめ上げていくような求心力も必要だと痛感しながらリハーサルをしています。
まさに、あのヴァリエーションを踊るライモンダには孤高の存在感があるというか、観客も含めて劇場じゅうの集中力が、彼女に向かってギューッと高まっていくのを感じます。
柴山 直前のジャンのヴァリエーションはすごく明るい曲調なのに、ライモンダが出てくる瞬間に、本当にガラリと雰囲気が変わります。ライモンダが無音の中で歩いて出てきてポーズをする、その一挙手一投足にお客様の視線が一斉に注がれる緊張感。以前第3幕の抜粋上演をした時、プリンシパルの小野絢子さんや米沢唯さんが、あのピリッとした緊張感と劇場じゅうの集中力を全部受け止めて強く立つ姿に「なんて綺麗なんだろう」と鳥肌が立ちました。目指すところはあのお二人の姿だと思いながら稽古をしています。
こうしてお話を聞いているだけでも鳥肌が立ってきますね。
柴山 振付がシンプルだからこそ難しいし、美しい。私にとってひとつの大きな挑戦になると思っています。

それにしても、例えば第1幕のピチカートとこの第3幕のヴァリエーションを比べると、その雰囲気の違いや表現すべきものの振り幅の大きさに驚きますね。
柴山 ライモンダは、第1幕では愛する男性を一途に想う純粋な乙女ですけれど、第2幕で自分をめぐり一人の男性が命を落とすという出来事を経験してしまいます。第3幕の結婚式は、もちろん愛する人と結ばれることは幸せですが、もうかつてのような無邪気なライモンダではなくなっていると思います。いろいろなバレリーナの映像を見ると、このソロを幸せそうに踊っている方もいれば、何か人生の重みを背負ったような表情で踊っている方もいます。私たちのバレエ団のライモンダがどんな解釈でこの場面を踊るのかはぜひ本番の舞台でご覧いただきたいのですが、いずれにしてもひとつ大人になった女性像をここでお見せできたらと思っています。
最後に、まだこの作品を見たことのない読者に向けて、柴山さんの思う『ライモンダ』の魅力を教えてください!
柴山 先月はローラン・プティ版『コッペリア』の無観客ライブ配信を本当にたくさんの方にご覧いただきましたが、『ライモンダ』はそれとは対照的な、“ザ・クラシック・バレエ”です。豪華絢爛な舞台セットや衣裳、グラズノフの美しい音楽、そして何より「踊り」が盛りだくさん。ライモンダのヴァリエーションはもちろん、パ・ド・ドゥや群舞、サラセン人たちのキャラクター・ダンスなど、“これぞバレエ!”というダンスをたっぷり堪能していただけます。ぜひお楽しみください!

公演情報

新国立劇場バレエ団『ライモンダ』

◎公演日程
2021年6月5日(土)14:00
2021年6月6日(日)14:00
2021年6月11日(金)14:00
2021年6月12日(土)14:00
2021年6月13日(日)14:00
※予定上演時間:約3時間(休憩含む)

◎会場
新国立劇場 オペラパレス

◎詳細
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/raymonda/

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