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【リハ動画つき】谷桃子バレエ団「ジゼル」永橋あゆみインタビュー〜これが最後の全幕主演。悔いなく踊りきって、幕を下ろしたい

阿部さや子 Sayako ABE

リハーサル動画撮影・編集:古川真理絵(バレエチャンネル編集部)

2026年1月17日(土)・18日(日)、谷桃子バレエ団が新春公演『ジゼル』全幕を上演します。英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ プリンシパルの平田桃子が17日の夜公演にゲスト主演、両日の昼公演は新星・大塚アリスと森岡恋がそれぞれ主演。そしてラストを飾る18日の夜にタイトルロールを踊るのは、同団プリンシパルの永橋あゆみです。

2002年に『白鳥の湖』で主役デビューして以来、プリマとして同団を牽引し続けてきた永橋さんは、今回の公演をもって全幕作品での主演を最後にすると発表。これまでバレエ団が有するすべてのレパートリーで主役を務めてきた彼女が「最後の全幕主演」に選んだヒロインは、恩師・谷桃子が生涯の当たり役としたジゼルでした。

1月上旬、谷桃子バレエ団のスタジオでリハーサルに臨む永橋さんを取材。稽古終了後、話を聞きました。

永橋あゆみ Ayumi Nagahashi
谷桃子バレエ団 プリンシパル
長崎県出身。永橋由美、山本禮子、野村理子、多々納みわ子に師事。1999年谷桃子バレエ団に入団。2002年『白鳥の湖』で主役デビュー。以降『ジゼル』『ドン・キホーテ』『ラ・バヤデール』『リゼット』『海賊』等、同団の全レパートリーで主役を踊る。平成24年度文化庁新進芸術家海外研修員として渡独、ドレスデン国立歌劇場にて多数作品に出演。2015年洗足学園音楽大学バレエコース非常勤講師就任。©Ballet Channel

2026年1月18日に上演される谷桃子バレエ団『ジゼル』が、永橋あゆみさんの最後の全幕主演になるとのことですね。
永橋 年齢的にも体力的にもそろそろひと区切りをつけたいなと思い、全幕の主役を踊るのはこれを最後にしようと決めました。もちろん、「まだ踊りたい」という気持ちもあります。ただ、自分が踊ることだけに集中できていた頃とは違って、いまは指導や育児など他にやらなければならないこともたくさんありますし、充分な練習量が確保できなかったり、以前ならできていたことができなくなってきたり……。そういう葛藤の中で、今回の決断に至りました。
全幕主演は最後ということであって、現役を引退するわけではないのですよね……?
永橋 はい、その通りです。これからも自分に無理なくできる役や、私が演じることで舞台に少し深みが加わったり、後輩の応援になったり、作品を作る上でプラスになったりするような役があれば、ぜひ踊らせていただきたいと思っています。
「全幕の主役を踊るのはそろそろ終わりにしよう」と考え始めたのは、いつ頃からだったのでしょうか?
永橋 2022年に出産したあと、2023年1月の『白鳥の湖』で舞台復帰させていただいた時からです。「あと3年くらい踊って、谷桃子先生から教えていただいたものを後輩たちに伝えられたら」と。そして最後は『ジゼル』で終わりたい——それが私の願っていたことでした。
「最後」を決めてからの3年間、永橋さんはどんな思いでバレエと向き合ってきたのでしょうか?
永橋 バレエには“終わり”がないですよね。踊れば踊るほどバレエの奥深さを思い知るばかりで、自分に満足することなんて永遠にできないし、谷桃子バレエ団は定年制でもありませんし。だから“終わり”は自分で決めるしかないわけですけれど、私は「あと3年」と期限を決めたことで、自分はどうしたいのか、自分は何をやり残しているのかが、はっきりと見えるようになりました。私は、『ジゼル』だけは絶対にもういちど踊りたかった。4年前にバレエ団が上演した時、ちょうど妊娠中で、踊ることができなかったので。その望みが叶うのは本当に幸せなことですし、じつはこれまで谷桃子バレエ団は、谷先生以外の「引退公演」は行ってこなかったんです。それなのに、こんなふうに「永橋あゆみの最後の『ジゼル』」と銘打った公演にしてくださって……妊娠・出産をして、そのままフェードアウトしそうだった私を、もういちど舞台に復帰させてくださり、こうして全幕引退公演まで導いてくださった髙部尚子芸術監督や、周りで支えてくださっているみなさまには、本当に感謝しかありません。

©蓬萊ひより

どうしても最後にもういちどジゼルを踊りたかった、とのこと。永橋さんにとって、『ジゼル』とはどんな思い入れのある作品ですか?
永橋 バレエ団や外部の舞台でいちばん数多く踊ってきた全幕作品だということもありますし、何よりも谷先生にとって思い入れの深い作品だったということ。ありがたいことに、私は谷先生はじめ、いろいろな先生方からジゼルを学ばせていただいてきました。

ジゼルって、本当に奥が深いんです。ただ振付を踊るだけでは絶対に通用しませんし、演じるたびに変化して、二度と同じ演技はできません。自分自身が年齢を重ねるにつれ、踊り方や演じ方が変化してきたのも面白いところです。

それに……私は自分の脚にコンプレックスがあるので、クラシック・チュチュよりもロマンティック・チュチュで踊る作品が好き、ということもあります(笑)。コンクールに出ていた頃もずっとジゼルのヴァリエーションを踊っていましたし、私のバレエ人生において『ジゼル』は“なくてはならない作品”。本当に、私はジゼルに成長させてもらったなと思います。

1月上旬、『ジゼル』の通し稽古に臨む永橋さんの様子を取材させてもらいました。余計なものが削ぎ落とされた静かな踊り、ナチュラルな演技、「これが谷のスタイルなんだ」と感じられるポージング……率直に、バレリーナ・永橋あゆみはいまが最高だ、と感じました。
永橋 いまの私は若い頃よりもずっと楽に踊れるようになりましたし、踊るのが楽しいと心から思えています。そして以前は「演じよう」と頭で考えてやっていたことが、いまは身体から、あるいは気持ちから、ごく自然に出てくるようにもなりました。谷先生のおっしゃっていた「心から踊る」という言葉の真の意味が、ようやくわかるようになった気がします。

ただ、それもやはり、充分な体力と筋力があってこそ表現できることです。葛藤はすごくありますけれど、まったく踊れなくなってから終わるよりも、自分として「踊りきれた」と思えるものを最後にお見せして、「全幕主演」の幕を下ろしたいと思っています。

じつは昨年1月に『ラ・バヤデール』全幕でニキヤを踊った時、第3幕で一瞬だけ、「もう無理かもしれない」と感じてしまいました。これまで、私は舞台に立ったらもう何があっても「絶対に諦めない」という精神でやってきました。なのに、あの瞬間、弱さが出てしまった。自分はもう厳しいのかもしれないということが、自分でわかってしまいました。それが何よりも悔しかった。いま『ジゼル』のリハーサルをしていても、体力的に苦しくて、くじけそうになることがあります。でも、ここでくじけてしまったら、本番は絶対に踊れないので。日々自分自身と闘いながら、リハーサルに取り組んでいます。

©蓬萊ひより

永橋さんは、故・谷桃子さんから直接指導を受けることができた最後の世代です。師から教わった「谷のジゼル」のエッセンスとは何でしょうか。
永橋 1幕については、「目線の使い方」ですね。谷先生って「目が利く」というか、目線ひとつで物語や感情を豊かに語られるんです。椅子に座ったまま、ふっと見せてくださる表情……その一瞬でジゼルがそこに立ち現れるのを、お稽古場で目の当たりにしてきました。

そうした瞬間の一つひとつを思い出しながら、いまもリハーサルをしています。時には、谷先生の声が聞こえてくることもあるんですよ。「走り方は、もっとこうして」とか、「そう!」「違う!」とか。先生のように演じることは決してできませんが、教わってきたことが少しでも私のジゼルに息づいていて、それを先生が遠くから見ていてくださったら嬉しいです。

先日の通し稽古で印象的だったのが、第1幕ラストの狂乱の場でした。ジゼルがアルブレヒトの腕の中で息絶えて、床に崩れ落ちるところまで演じきった永橋さんは、音楽が終わって「はい、休憩!」と芸術監督から声がかかってもぐったりしたままで、母・ベルタ役の尾本安代さんに抱き起こされるまで立ち上がれませんでした。実際の舞台でも、永橋さんは幕の向こう側であのような状態になっているのでしょうか?
永橋 やはり第1幕が終わると、すっと魂が抜けた感じにはなります。そのくらいエネルギーを使いますし、いったん“スン”と無の状態になってから、第2幕に切り替えたくて。

第1幕ラストシーンのリハーサルより。ベルタ役はかつて谷桃子バレエ団のプリマとして活躍した尾本安代さん ©蓬萊ひより

そこからの第2幕。永橋さんにはやはり「白いバレエ」が似合うと、あらためて感じました。
永橋 谷先生が、過去に一度だけ私を褒めてくださったのが、第2幕の演技でした。第1幕はいつも「まだまだね」と言われていたのですが、「第2幕はよかったわよ」と。谷先生が褒めてくださることなんてめったにないことでしたから、すごく嬉しかったのを覚えています。

第1幕で命を失ったジゼルが第2幕でもういちど舞台に現れるのは、理由があるからです。アルブレヒトを守らなくてはいけない、ただその一心で、彼女は精霊になってまで姿を現すのです。そんな彼女の愛だけを思いながら、第2幕を踊っています。

透き通るような静かさと優しさ。しかし永橋さんのジゼルはそれだけでなく、ジャンプのところなどではエネルギーの放出を感じます。
永橋 やはり19世紀のバレエですので、ジゼルの踊りには跳ぶテクニックがたくさん含まれています。精霊ですから、「いまここにいたと思ったらもうあっちにいる」みたいな瞬間移動の感じを表現することも必要で、そのためには躍動感とそれを可能にする筋力が求められます。

©蓬萊ひより

そしてラストシーン……ジゼルは幸せだった頃のようにアルブレヒトと腕を組んで歩いたあと、一輪の小さな花だけを残して、ひとりで消えていきます。永橋さんのジゼルは、あの花にどんな気持ちを託しているのでしょうか。
永橋 愛と許し、でしょうか。彼を愛した自分を、その一輪の花に託しています。
初めてジゼルを踊ってから20年余り。キャリアも人生経験も重ねてきたいまだからこそ見えてきたものはありますか?
永橋 やはり出産を経験して、「無償の愛」を知ったことは大きいように思います。娘に対して「自分の身を犠牲にしても守りたい」と思う気持ちは、命を失ってもアルブレヒトを守ろうとするジゼルの思いと同じではないでしょうか。ほかにも、若い頃には経験したことのなかった感情がいまの自分にはあって、そういうものが自然と踊りや感情表現に滲み出ていたらいいなと思います。
今回のアルブレヒト役は今井智也さん、ヒラリオン役は三木雄馬さん。共に同じ時代を駆け抜けてきた同志たちがエスコート役を務めますね。
永橋 二人とも私と同世代で、もう20年以上ずっと一緒に踊ってきた仲間です。そんな彼らがこの節目の舞台を支えてくれるって、温かいなと思います。
今井さんとは数多くパートナーを組んできましたけれど、『ジゼル』で共演するのはじつは2回目なんですよ。1回目は今井さんがアルブレヒト・デビューした舞台。私も谷バレエ団でジゼルを踊るのはその時が初めてで、今井さんは21歳、私は24歳でした。今回の共演はそれ以来で、「私たち、最初と最後だけだったね」って、ふたりで話したところです(笑)。今井さんにはもう、安心してすべてを委ねることができます。私がどうしたいかをすべてわかったうえでサポートしてくれる、本当に信頼のできるパートナーです。
また、三木さんはいつも周りに目を配って細やかに気遣ってくれるダンサーです。お芝居の場面でも「あゆみさんはどうしたい?」「僕のヒラリオンはどういう感じでいったほうがいい?」って、私のジゼルに寄せて演じようとしてくださるんですよ。優しいな、と思います。

©蓬萊ひより

これまで踊ってきたなかで、好きな作品を挙げるとしたら?
永橋 やはり『ジゼル』はいちばん好きです。あとは『ラ・バヤデール』のニキヤとか、『ロミオとジュリエット』もすごく好きでした。
私はラインで見せられるタイプのダンサーではありませんし、さほど身体が大きいわけでも、脚が長いわけでもありません。そんな自分のいちばん良いところが出せるのは「表現」の部分だと思ってきましたし、演じることの楽しさにずっと魅了され続けてきました。役に合わせて感情をさまざまに変化させるのは、本当に奥が深くておもしろい。そういう意味で、ドラマティックな役や悲劇的な作品のほうが、自分にはしっくりくるように感じます。

「ラ・バヤデール」永橋あゆみ(ニキヤ)©TETSUYA HANEDA

転機になった作品や役は?
永橋 まずは、24歳の時に谷桃子バレエ団で最初に踊った『ジゼル』です。あの時、私は「ゾーンに入った」というのでしょうか、自分が踊っているのを上から見ているような、不思議な感覚を経験しました。第2幕、森の中でアルブレヒトがジゼルの気配を感じ取る場面でのこと。エカルテからフェッテ・アラベスクでアルブレヒトの周りを回ったあと、アラベスクでバランスをとった瞬間、もうそのままいつまででも立っていられるような感覚になって……そこから先はずっと身体が軽くて、いったい自分がどういうふうに踊ったのかほぼ記憶もないまま、気づけば幕が下りていました。あのような経験をしたのは、後にも先にもその1回きりです。いつかもういちど遭遇したいと願っているのですが、そういう欲をもつと逆にダメみたいですね(笑)。

若手の頃に「ジゼル」を踊った時の1枚。アルブレヒト役は齊藤拓さん ©スタッフ・テス(株)

「ゾーンに入る」という話は他のダンサーからも聞いたことがありますが、永橋さんの場合はそれをごく初期の頃に体験したというのがすごいです。他にも転機になった作品はありますか?
永橋 30歳で踊らせていただいた『ドン・キホーテ』も、私をバレエダンサーとして一段階ステップアップさせてくれた作品です。バレエ団の全幕でキトリを踊ったのはその1回だけなのですが、「舞台はみんなで作るものだ」ということを真に実感できた公演で、「中川鋭之助賞」をいただいたことも励みになりました。

その約2年後、32歳でドイツのドレスデン国立歌劇場へ在外研修に行き、フォーサイス作品などに挑戦できたのも重要な経験でしたし、帰国後ほどなくしてロシアからエルダー・アリエフ先生が谷バレエ団にいらっしゃり、『眠れる森の美女』と『海賊』を作ってくださったのも大きな出来事でした。アリエフ先生はテクニック的な面でも絶対に妥協を許さない方で、例えば『海賊』のグラン・フェッテ32回転は「前半16回はすべてダブルのみ。シングルは入れないで」と厳しく指定されて。他の部分も個々のダンサーの得意・不得意で振りを変えたりすることは決して許されず、当時はプリマが私しかいなかったので2日連続で主役を踊り……本当に苦労の連続でしたけれど、振り返ると自分を強くしてくれた転機だったなと思います。

「ドン・キホーテ」永橋あゆみ(キトリ)、今井智也(バジル) ©スタッフ・テス(株)

谷桃子さんの「心で踊る」にちなんで、心が動く役といえば?
永橋 やはりジゼルはいちばん心が動いて、それがそのまま踊りになるような役です。あとは、『白鳥の湖』のオデットも。とくに第4幕は、踊っていてぐっとくるものがあります。ただ、私にとってオデットは、単純に「好き」とは言えない役でもあります。何度演じても難しくて、踊っても踊っても課題が出てきてしまう。とうとう最後まで、自分の納得のいく踊りはできませんでした。

「白鳥の湖」永橋あゆみ(オデット) ©TETSUYA HANEDA

間もなく本番を迎える今回の『ジゼル』、自身の踊りで後輩ダンサーたちにどんなことを伝えたいと思いますか?
永橋 若い頃の私は自分が踊ることにただ必死でしたけれど、キャリアを重ねるにつれ、共に物語世界を生きてくれているみんなに語りかけながら演じられるようになりました。すると逆にみんなからエネルギーをいただいて、より安心して踊れるようになったんです。

最後まで絶対に諦めないこと。ジゼルとして、最後まで踊りきることが、真ん中で踊る私の責任です。その姿を見て周りのみんなが何か感じてくれたなら、それ以上嬉しいことはありません。私と周りのダンサーたちが、お互いにエネルギーを交わし合って『ジゼル』の物語を作り上げ、その空気がお客様にも伝わって劇場がひとつになる……1月18日がそんな舞台になったらいいなと思います。

2023年、出産後の永橋さんにインタビューし、舞台復帰を決めた理由を尋ねた時、「“私はまだ最後まで踊りきっていない”と思ったから」と答えが返ってきたのがいまも心に残っています。いまの永橋さんはどうでしょうか。納得のいくところまで踊りきれたと思えていますか。
永橋 そうですね。納得できるように、今回の『ジゼル』ですべてを出し尽くしたいという気持ちでいます。
3年前に舞台復帰させていただいて本当に良かったなと、いまあらためて思います。踊れることがこんなにも嬉しくて、幸せなのだということを、もういちど感じることができたので。リハーサルをしていて、身体的にはすごくきついんです。でも、嬉しくて、楽しいんですよ。踊れる時間が。それが最後というのはやはり寂しいですけれど、本番の舞台で、すべてを出しきれたらいいなと思っています。
いまの永橋さんにとって「バレエ」とは?
永橋 「特別な存在」ですね。以前は自分の日常にあって当たり前のものでしたけれど、出産を経験してからは、レッスンもリハーサルも本番もすべてが貴重で特別な時間になりました。バレエを踊っている、その時間だけは「自分」を離れて、特別な存在になれる。舞台って、バレエって、すごく神聖なものだなと、あらためて感じています。

公演情報

谷桃子バレエ団 新春公演「ジゼル」〈全幕〉

公演日時

2026年

1月17日(土)14:00

1月17日(土)18:30

1月18日(日)12:00

1月18日(日)16:30

会場 東京文化会館 大ホール
詳細・問合 新国立劇場バレエ団 公演WEBサイト

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