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バレエファンのための!コンテンポラリー・ダンス講座〈第11回・後編〉サイトスペシフィック・ダンス〜逃れるだけでは、自由になれない〜

乗越 たかお
“Contemporary Dance Lecture for Ballet Fans” 

Text by NORIKOSHI TAKAO

サイトスペシフィック・ダンス〜逃れるだけでは、自由になれない〜

ではいよいよ、自然の中でのサイトスペシフィック公演に行ってみよう。
前回「その4」までしかなかった公演場所の分類に、急遽「その5:様々な場所で踊る」というザックリした仲間が加わったので、仲良くしてあげてほしい。

[公演場所で分ける]
・その1:屋外(都会)で踊る
・その2:屋外(自然)で踊る
・その3:屋内で踊る(1) 美術館・ギャラリー等
・その4:屋内で踊る(2) 普通は入れない場所等
・その5:様々な場所で踊る

その2:屋外(自然)で踊る

●岩石で。そして砂漠で。

屋外でのパフォーマンスの醍醐味は、まず大自然の圧倒的な存在感の中で踊れることだ。
誰しも大自然に触れて感動に震えた経験はあるだろう。それをどう作品に取り込めるのか。

80年代に大きな話題になったのが宇都宮にある「大谷石地下採掘場跡」である。大谷石を切り出したあとにできた巨大空間を有効利用するため、79年から一般公開が始まったのだ。いち早く能楽師の津村禮次郎『巌洞の能公演』(1984)や山海塾の滑川五郎、95年には牧阿佐美バレ団が『ロメオとジュリエット』の公演をしている。

そそり立つ岩石が幾何学的な直線で区切られた空間は、自然と人間の手が生み出した絶景だ。天井が高いので反響も独特。気温は一年を通して8度前後と冴え冴えとしていて、100%石造りの空間は重厚で神殿のような荘厳さがある。

さて世界中に野外のフェスティバルはたくさんあり、場所も山、海、森、湖沼地帯に砂漠と多様である。

え? 砂漠で? と思うかもしれないが、実際にある。
有名なのはアメリカのネバダ州ブラックロック砂漠で1週間開かれる「バーニング・マン」というフェスである。
砂漠なので、水や電気や食料といったインフラらしきものは一切ない。参加者がそれぞれ物を持ち寄って集まり、共同生活をしながら1週間ほど歌あり踊りありの日々を過ごすのだ。何が行われるかは参加者次第なのも素晴らしい。

広さの制限もない。どんなに騒いでも近隣住民から怒られることもない。
サイトスペシフィック公演の「ちょっとした不便さ」は楽しみのエッセンスになるので、キャンプ的な手間はむしろプラスの要素になる。
しかし砂漠となると一気にハードルが上がる。はたして人が集まるものだろうか?

なんと、5万人が集まるという。
変わった名称の由来は、もともとは1986年にアメリカの若者が「ベイカービーチに巨大な木製の人形を作って燃やしながら騒ぐ」だけのものだった頃の名残である。

現在は世界中の砂漠で「バーニング・マン」を真似たフェスが行われている。オレはイスラエルの会場になったネゲブ砂漠へ行ったことがある。ここはダンスの施設があるのだが、最大の課題と思われたトイレはコンポストで、水の代わりにおが屑を入れていた。腐るより先に乾くので臭いもほとんどなく感心したものである。

●ガチで自然とともに生きる人々

しかしやはり自然と言えば、森や川や湖といった潤いのある環境が思い浮かぶ。

海外(とくにアメリカ)では舞踏を「自然と一体化して踊るダンス」と認識している人もけっこういる。ざっくりとした東洋思想からの連想だけでなく、実際にそういう作品を作るダンサーも少なくなかったからだ。

先月ポストモダンダンスの人々が劇場以外の場、生活の場へ積極的にダンスを持ち出したことは述べた。ポストモダンダンスの先駆者の一人アンナ・ハルプリンは、サンフランシスコの山の中に自然と一体化した家やスタジオを持ち(環境建築家である夫が設計した)ワークショップをしている。オレが訪れたときは、車で山道を登っていったが、途中で普通に鹿と出会ったほど奥まった山の中だった。
ハルプリンは自然の懐に抱かれて、癌を含めた自分の身体と向き合う作業を続け、ダンスの世界を深めていったのである。

そのハルプリンのスタジオに若い頃に滞在して、現在は自らも自然と共存し続けているのが、世界で活躍している舞踏家(田中自身はただ「ダンサー」だという)のみならず俳優としても有名になっている田中泯である。
田中は山梨県に移り住み、白州の自然の中で踊る「アートキャンプ白州」(93~99)「ダンス白州」(01~09)というフェスを開催していた。観客は泊まりがけで川や畑やあぜ道などで行われるダンスを観、ワークショップを受け、火を囲んで語り合う。若いアーティストやダンスファンも、大勢訪れた。
田中は現在に至るまでがっつりと農業とダンスを両立させている。田中を追ったドキュメンタリー映画『名付けようのない踊り』(犬童一心監督。公開日未定)の中で、田中は「40歳の時に、農業で作った身体で踊っていこうと決めた。ダンサーは、ダンスのための身体を作ってしまうから」と語っているのは印象的である。

都会を離れたフェスティバルの先駆けは、スズキ・メソッドなど世界的に活躍している鈴木忠志率いる劇団SCOTが、1976年から富山県南砺市の利賀で開催している「利賀フェスティバル」である。基本的に演劇だが、若い頃の勅使川原三郎や、ロメオ・カステルッチの初来日公演もここで行われている。
廃村寸前の過疎の村だったが、1976年にSCOTの本拠地をここに移したり、入場無料(投げ銭あり)など時代を先取りした手を次々に打っている。真に革新的なことをするのに、都会も田舎もない、という好例である。

1980年代には、会津の檜枝岐(ひのえまた)で行われていた「パフォーマンス・フェスティバル・イン・檜枝岐」も人気だった。当時「ハプニング」「パフォーマンス」と呼ばれていたコンセプト重視・一発芸的な荒々しい身体表現には美術畑からの参入もあって大いに盛り上がった。

80〜90年代のバブル経済の時期、サイトスペシフィック公演が多かったのは、東京のあちこちで大規模開発が行われ、「取り壊し間近」の施設を好きに使うことができたことも一因かもしれない。
倉庫街はウォーターフロントに変わりタワーマンションが林立する。古い町並みが無残に潰されて均されて、○○ヒルズとなって複合ビル化が進んだ。街から生活の香りが消去されて、肥大した欲望と余った金を使うための、美しく空虚な空間が街を占めていく。

利賀や白州や檜枝岐といった、土の香りと豊かな自然を実感できる地方でのフェスティバルを人々が求めたのは、バブル期の都市部の激変に対する反動だったのかもしれない。

●自然の中で不自然なウットリするな

……と、ここまでどっぷりと自然と付き合っている人々は、自然の中で踊っても説得力がある。

しかし「さしあたり自然の中で踊ったら勝手に感動を生んでくれるのでは?」と思ったら大間違いである。
たまにいるのだ。
半裸で自然の中にウットリ立ち、「自然との一体感を表現してる感」プンプンの奴が。

なるほど人間も動物なので自然の一部であることに間違いはない。
しかし同時に、「人間の身体は、生身では自然の中で生きていけないくらい弱い」というのも事実である。だからこそ文明を生み出し、文明に囲まれて生活しているのだから。
人間は、自然の中で「浮いた存在」なのだ。

そんな身体のまま、ただ森の中にたたずんでいても「これ終わったらコイツはコンビニ弁当をレンジでチンして缶ビール飲んでプラスチック容器を分別ゴミに捨てるんだろうなー」という姿が透けて見えてしまうのである。

●天候が最大の敵。最も冷えるのは太もも

自然の中で上演する以上、天候の問題はどうしようもない。
ことに日本は、冬は寒く、夏は暑く、初夏には梅雨、秋には台風がやってくる。

前回述べた高原で行われる「清里フィールドバレエ」も何日か雨に降られることは避けられない。かつてはニーナ・アナニアシヴィリをゲストに招きながら公演日が2日とも土砂降りで踊らぬまま帰国したこともあるほどだ。
ただ長くやっているだけあって対策は講じられており、舞台の下に巨大なドライヤー設備を設置してあるという。雨が降っても、やみさえすれば一気に乾せるそうだ。

SPAC(静岡)の野外劇場で見た黒田育世の『おたる鳥をよぶ準備』の初演は、忘れられない体験だった。
土砂降りに加え山の中にある野外劇場なので、開演前からすでに寒さはキツかった。加えてなかなかの豪雨の中、約3時間の長丁場だ。後ろの観客が見えなくなるので、傘をさすことはできない。フェス側が雨合羽を用意してくれたが、かなり寒い。
このときわかったのは「雨が垂直にあたり続ける太ももが、一番冷える」ということ。今後あなたが寒冷な豪雨の中で長時間観劇する際には、参考にしていただければ幸いだ。

そもそもこれは黒田自身「死ぬ準備のため」といっていた作品である。
しょうじき観客のほうが先に逝ってしまいそうだったが、作品には凄まじく生命がたぎっていた。
さらにダンサー達は、薄い衣裳のままで踊り、じっと横たわって冷雨に打たれ続けたりしている。
ふつう観客は、寒くて長いと辛くて「早く終わってくれ」と緊張が途切れるが、このときは異様なテンションがどこまでも高まっていった。振付家、ダンサーそして観客までもが生命を削り合って一体化する、なかなかヤバい空間だった。

●大惨事一歩手前の場合も

サイトスペシフィックの場合、不測の事態には事欠かない
ちなみにダンス白州でこんなことがあった。
「竹林に特設ステージを作ってピアノを運び込み、ピアニストの高橋アキの演奏で田中泯が踊る」という粋なアイデアである。
ただ、竹林の湿気が思った以上にすごかった。ピアノの鍵盤は木製なので、湿気を吸って膨張し、押し込んだ鍵盤が戻らなくなることがリハーサルで発覚。
上演ギリギリまで石灰や石炭などを入れてある小屋の中にピアノを入れて脱湿し、なんとか本番を迎えていたのである。

舞踏は長いことアンダーグラウンド扱いだったが、大駱駝艦は多摩川の中州にある兵庫島に野外劇場を作り『皇大睾丸(すめらだいこうがん)』(1974)を上演した。しかし大雨のため川が増水し、舞台を建てた中州が水没する騒ぎになったという。
あるトークイベントで主宰の麿赤兒氏からこの話を聞いたとき、そもそも中州で上演する許可を取っていたのかと聞くと、麿氏は「許可なんか取りに行ったって、くれるわけないんだから(訳:取ってない)とのことだった。
時代の勢いを感じますね。

いや、最近でもあるな。
東欧ラトビアのフェスティバル・ディレクター、ラウラ・スタザネにインタビューしたときのことだ。田舎にある歴史的な建物でのコンタクト・ゴンゾの公演を、やはり「許可は出ないだろうから」と無許可で強行したと言っていた。コンタクト・ゴンゾは踊るというより身体と身体がガッツリ衝突しあうようなスタイル。もしも公演を見た住民から警察に通報が入ったらやめようと腹をくくったが、誰も通報せず彼らのパフォーマンスを楽しんでいたという。
かと思うと、しっかり使用許可も取って都会の街中で上演した別のダンス公演には、付近の住民から「邪魔だ!」と警察に通報が相次いだとか。世知辛いねえ。

その3:屋内で踊る(1) 美術館・ギャラリー

●メリットとデメリット

屋内での公演にもいろいろあるが、比較的多い美術館・ギャラリーを見ておこう。
じつは80年代から90年代、日本でも美術館やギャラリーでの公演はよく行われていた。
バブル景気に浮かれていた日本ではダブついた金の投資先に美術品が重宝され、美術館やギャラリーがどんどん建てられたことも一因だろう。美術品の売買は、贈賄やマネーロンダリングの隠れ蓑に使われていたとかいないとか……。

中には高知美術館金沢21世紀美術館のように立派な劇場を併設しているところもあるが、ふつう美術館での公演は、展示室やホワイエが多く、踊る条件としてはけっこう厳しい。

床が堅くて滑りやすく、広さが足らないことも多く、客席を設置する手間が必要になる。さらにはブラックボックスになりにくく本格的な照明設置と効果を得るのは難しい。大きな音を出すことを想定していない壁は反響が大きすぎ、周囲の環境への配慮も必要で、リハーサルや上演に場所や時間の制限がある。

それでも多くの公演が美術館やギャラリーで行われていたのは、たいていアクセスのいい場所にあり、アーティスティックな空間で、劇場やスタジオよりも安く借りられ、数が多いなど、相応のメリットもあるからだ。

●世田谷美術館と原美術館

腰を据えてダンスと向き合っている美術館はある。
世田谷美術館では、ダンス好きな学芸員、塚田美紀氏が中心となり、若いダンサーがエントランス・ホールで(実際にはエントランス以外でも)実験的なパフォーマンスを上演する「トランス/エントランス」シリーズを2005年から続けている。この美術館を設計した建築家・内井昭蔵は、この建物がパフォーマンスに使われることを念頭に置いていたという。

原美術館でも数々の忘れがたい公演が行われてきた。
昭和初期のモダニズム建築の洋風邸宅を美術館として再生した原美術館は、建物自体が美術品である。ほどほどの広さの中庭があり、昔は客席を組んで珍しいキノコ舞踊団などががっつり公演もしていた。
周囲は閑静な住宅街なので大きな公演は控えられていったが、その後も小㞍健太島地安武田中泯など、思い出深い公演が多い。
が、惜しまれつつ2021年1月11日に閉館となってしまった。

●シュイナールとピントが美術館のために

近年では、アーティストが「美術館で上演することを前提とした作品」も創り出している。

マリー・シュイナール『イン・ミュージアム』は古代ギリシャの預言者のような姿のシュイナールが、たった一人で観客からの問いや願いに即興で応えるというパフォーマンス。入場無料・出入り自由で上演時間は3時間ある。どうしても「一対多」の関係になってしまう劇場公演ではなく、一対一の関係性でダンスを届けようという発想である。

ちなみにヴェネツィア・ヴィエンナーレで、「ダンサーを競りにかけて(クレジットカードの端末まで用意してあった)、競り落とした人だけが豪華な別室で一対一でダンスを堪能できる」という企画があった。
とくにこの年のヴェネツィア・ヴィエンナーレのテーマが「ボディ&エロス」だったこともあるが、ダンスが本来持っている猥雑さを思い出させるような仕掛けである。劇場という空間は、権威を生み出してしまう装置にもなるからだ。

インバル・ピント『ウォールフラワー』も「美術館で上演するため」の作品。一角に客席を組みカラフルな衣裳を着たダンサー達が真っ白い壁の前で踊る。阿部海太郎がライブで瓶をたたくなど小物を使った音を出し、日本公演では森山未來も踊った。

●パーキンソン病患者と踊る

公演とはちょっと違うが、パーキンソン病患者とともに美術館でダンスを踊るアート・プロジェクト「ダンス・ウェル DANCE WELL」がある。イタリアから始まり、いまは日本を初め各国に広がっていく。
治療行為ではないので、必ず良くなると言うわけにはいかない。ただ運動機能障害を引き起こすパーキンソン病の患者は、家に引きこもってさらに進行させてしまうことが多い。外に出るきっかけになるだけでもいい効果は期待できる。美しい美術品に囲まれることは気分を高めてくれるだろう。

あえて付け加えるとするなら、「収蔵されている美術品の数々は、膨大な『記憶の集積』といえる。そこへ身体表現という『今この瞬間のアート』を持ち込むことは、過去と現在、記憶と身体が交錯する空間の創出である」といえるだろう。

その4:屋内で踊る(2) 普通は入れない場所で踊る

ではより広い視点で他の例を見てみよう。
サイトスペシフィックの魅力のひとつに、「一般公開されていない場所や、通常ならまず行かないような場所を訪れること」もある。

●温室とノグチルーム

小野寺修二と藤田桃子の『温室』は、歴史ある代官山のマンションの屋上に、住民のためだけに作られた温室でのパフォーマンスだった。
「秘密の温室」とは、もうこれだけで十分にそそる設定だ。しかしさらに一手間かけ、なんとアクティング・エリアにはくるぶしくらいの高さまで水が張ってある。両脇にも席が用意してあり、希望すれば観客は、靴を脱いで足を浸して座ることができる。
そのため観客に水しぶきが飛ばぬよう、演者の足の運びは制限されたものになるが、それが逆に二人の濃密な関係を生み出す結果に結びついていた。

とかくサイトスペシフィックというと、「劇場ではできない、解放の方向」に向かうことが多いが、このような「制限」によって作品を深めていく方法もあるのだ。

日本とドイツで活躍するハラサオリの『no room』は慶応義塾大学の旧ノグチルームでの作品である。日系アメリカ人彫刻家として舞台美術でも活躍したイサム・ノグチが設計した「談話室」が大学構内に移築され保存されている。階段が途中でぶった切られたりしているが、部屋のデザインは素晴らしく、隅々までノグチの息づかいを感じられる空間である。
ハラは自分同様、ノグチの生涯を通じて、国に保障されないアイデンティティの困難さを描いた。

●劇場の「裏側」を巡る

劇場の舞台裏など、観客が入ることのできない場所を見せる「バックステージ・ツアー」などがあるが、そこで踊れば立派なサイトスペシフィック公演になる。
青山界隈の様々な場所を使って行われる国際ダンスフェスティバル「Dance New Air」が青山スパイラルビルの30周年に共同で行った『“distant voices-carry on” ~青山借景』(コンセプト・演出・出演:ハイネ・アヴダル、篠崎由紀子)はそんな作品だった。

グループ分けされた観客は楽屋や非常階段など、普段は入れないスパイラル館内を案内される。
そこここで展開するパフォーマンスを巡った後、ホール内でのパフォーマンスに突入する二部構成だ。最後には冷蔵庫が運び込まれ観客にスパークリングワインが振る舞われ、徹底的に非日常的な経験をもたらしていた。

この公演にも携わっていた「音と現象を扱うアーティスト」梅田哲也には『インターンシップ』という傑作がある。観客はKAAT(神奈川芸術劇場)の舞台上を自由に歩き、普通に作業しているスタッフの動きを眺める。やがて照明用のバトンや床の奈落が上下し始めて、まるで劇場機構そのものを踊らせるよう演出したのだ。

これまでも、舞台上に観客を上げたり、舞台上に客席を作って客席でパフォーマンスをしたり、ホワイエにいる客をパレードやチンドン屋で先導して客席に誘導していったりと、「劇場という建物そのものを異化するような演出」は様々あった。

しかしそれらは「舞台空間を逆転させたり延長させたりする行為」である。
梅田はさらにもう一歩踏み込んで、「劇場を建物ではなく生き物=パフォーマーとして扱い、主役のひとりに据えている」点、革新的だった。

●イマーシブ(没入型・体験型)な方法

「劇場以外で行われ、観客が自分の意思で建物の中を歩いて回ってパフォーマンスを観る」というスタイルがある。日本では「観客参加型」「イマーシブ(没入型・体験型)」と言われ、様々な試みの作品が生み出されている。

DAZZLEはこの方面での公演を積極的に行っており、廃病院一棟をまるまる使って怪しげな事件の謎解きが行われる『Touch the Dark』や、ビル一棟を使った『SHELTER』、漫画『ワンピース』とのタイアップ企画『時の箱が開く時』では、東京タワーで公演したりしている。
いずれもストーリー性が高いことが特徴で、自由に歩き回る中にも別枠で謎解きを入れるなど、ゲームの世界に入り込んだような楽しさがある。

高級ホテルのスイートルームもしばしば公演場所になるが、場所柄、だいたい男女のあれこれが題材になる。
観客は「観劇とは、根本的に窃視である」という原則を意識せざるを得ない。

むかしフランスのアーティストが横浜のホテルの一室で公演したときには観客は、一度に7人くらいずつ部屋に入れられ、部屋の隅に立って目の前のダンスを眺める、という窮屈なものだった。
しかし自由に歩き回れる作品もある。

ルーマニアを含むバルカン地域のダンスの牽引者であるコスミン・マノレスクの『Room 1306 [I Am Myself]』はブカレストのインターコンチネンタル・ホテルの1306号室で行われた。ご多分に漏れず、若い女性ダンサー(カトリネル・カタナ)と男(コスミン)の睦事だ。観客は自由に部屋の中を移動しつつ、睦み事や諍い事を見守り続けることになる。

傑作なのは二人がベッドの中に入ったときだ。
観客は事前に渡されたペンライトを手に布団の端をめくって、同衾中の二人を照らす……まさに窃視の極みである。

また、森山未來が発案・出演・監督し最近配信されて話題になったダンス映像作品『Delivery Health(the escort)』も、舞台はホテルの一室だった。デリヘル嬢を呼んだら結婚相手(石橋静河)がやってきた……というコメディ風の展開で、セリフがあり、しかも歌まで歌うんかい! という怒濤の展開だが実力のある二人は難なくこなし、ダンス的にも見応えがある作品となっている。

●イタリアの刑務所で「恥」を語る

「通常は入れない場所での公演」といったとき、刑務所もなかなか難易度が高い施設だ。
基本的に犯罪者を社会から隔離しておくための施設である。囚人相手の慰問公演はともかく、所内に一般人を招き入れてダンス公演を打つなど、普通はまず許可がおりない。

しかしイタリアが誇る気鋭の振付家シルヴィア・グリバウディの『ヒューマン・シェイム(HUMANA VERGOGNA)』という作品は、現役のマテーラ刑務所内に特別セットを組んで公演したのだった。

もちろん治安の面でも厳重だった。入り口でスマホとパスポートを預け、何重にもロックされる廊下を進んでいく。一区画進むと背後で鍵が閉まる、を繰り返して一室にたどり着くと、そこには不似合いなほどにちゃんとした客席と舞台がしつらえられていた。

本作は、ちょっと特殊な背景を持つ作品であることを説明しておこう。

イタリア南部にある山間の小さな町マテーラは、いまだに洞窟住居などが残る極貧の地域であることから、一時期は「イタリアの恥」とまでいわれ、住民は強制退去させられた。しかしその後映画撮影などに使われて有名になり、現在は一大観光地へと変貌を遂げた。
そこが欧州文化首都に選ばれたのを機に、町の代名詞だった「恥」をテーマにダンス作品が創られたのだ。
刑務所での公演が実現したのは、出演ダンサーの一人が普段から囚人相手のダンスのワークショップを行っていて(ヨーロッパではけっこうある)その縁から実現したのだそうだ。

オーディションで選ばれた4人のパフォーマーの中には、日本人の田代絵麻がおり、歌に踊りにと活躍した。作品中は様々な「恥」……ひそやかな屁の話から、死に至る難民問題まで、笑いながらふっと喉元に刃物が当てられるような作品で、ぜひ来日公演も実現させたい作品である。

作品の最後には囚人達へのインタビュー映像が流れ「あなたにとって恥とは?」と訪ねる。神妙な反省の弁から「恥じることなど何もない」と嘯(うそぶ)くものまで様々。
オレはこの映像を見ながら、
(ああ、この囚人達は、いま同じ施設内にいるんだよな……)
と、映像のコメントが急にリアリティをもって迫ってきた。

サイトスペシフィック公演のキモは、その場所が持つ特殊性をいかに理解して作品に取り込むか。だが取り込むのは空間だけとは限らない。「そこに由来する人間」もまた、場所の特殊性になり得るのである。

その5:様々な場所で

正直、サイトスペシフィック公演を挙げだしたらきりがないのだが、とくに分類が難しいもので特筆すべきものを挙げておこう。

●サイトスペシフィック風味の残る場所

海外では使わなくなった工場や学校、軍事関連施設などを積極的に文化施設に転用している。
日本でも廃業した学校や銭湯、古民家や蔵などを利用してアートスペースにしているところも増えてきた。
これらのなかには「ちゃんとした上演のためのスペースにも関わらず、いろいろサイトスペシフィック風味が残っている」という場所もある。

学校では、元中学校の校庭や体育館をそのまま転用した「にしすがも創造舎」(04〜16)は東京を代表する国際舞台芸術祭フェスティバル・トーキョーの拠点として活躍した。
1993年に閉校して以来、京都を代表する国際舞台芸術祭KYOTO EXPERIMENT他、様々なイベントの会場として親しまれてきた「元・立誠小学校」(2020年からは複合施設「立誠ガーデン ヒューリック京都」)。かつて地元の金持ち達が寄付をして、様々な意匠を競うように凝らした歴史的な建物を、少子化による廃校後もなんとか残そうという動きは全国的に進められている。

近年様々なアーティストの注目を集めている「北千住BUoY(ブイ)」の地下スペースは元銭湯である。床や壁はもちろん、湯船や蛇口もそのまま残っており、ほどよい「やりっぱなし感」がいい味を出している。

●劇場の中に劇場を!?

世界的に活躍する現役のダンサー・振付家ながら、名古屋で「ダンスハウス黄金4422」を主宰している浅井信好。企業が夜逃げしたビルを一棟まるまる引き受けて、大量の産廃の処理からスタジオ作りまで、ほとんどを手作りで成し遂げた。

そんな浅井は移動式の野外劇場を使った「月灯りの移動劇場」も主宰しているのだが、2021年の作品『Peeping Garden』は大いに話題を集めた。
スタジオに入ると、変わった物が建っている。30枚ほどの板がぐるりと円を描いて並んでおり、板は扉のような外見で、小さい丸穴と郵便受けのような横長の穴が空いている。
さらには各扉の両脇に仕切り板があり、観客は半個室のような(有名ラーメンチェーン「一蘭」のカウンターのような)状態で、一人でのぞき穴から中央のアクティング・スペースで行われるパフォーマンスを見るのである。

「舞台は窃視だ」という本質に加え、半個室に独りで鑑賞という、コロナ対策もバッチリだ
「制限」を表現に変えるアーティストの心意気を見せ、世界50社以上のウェブニュースやテレビに紹介された。

●出前するサイトスペシフィック「ダンス・トラック」

サイトスペシフィック公演というと「面白い場所に演者と観客が集うもの」と思いがちだが、なんとトラックに乗って、サイトスペシフィックのほうから押しかけていくプロジェクトがある

それが「DANCE TRUCK TOKYO」。公園や河川敷、道路や空き地、時には離島にまでも出向き、トラックのバン(アルミ性の箱状の荷台)でダンサーが踊る。
むろん観客は野外で、立ったり座ったり好きな格好で見るわけだ。

しかもこのトラック、太陽光発電システムとゴツい蓄電池を搭載しているので、大抵の場所で公演が可能だ。

企画・制作は全日本ダンストラック協会。2019年から2020年には、東野祥子・白井剛・鈴木ユキオという人気のダンサーがキュレーターとなって、日本全国15ヵ所を回った。

最近海外では、「ダンスは、綺麗な服を着て劇場に来られるような生活に余裕のある人たちだけのものではない。逆に、そんな余裕のない人々にこそ舞台芸術は必要なのでは」という考えから、アーティストがどんどん街(貧困地区や難民が多い地区など)に飛び出していっている。
発電システムを備えたトラックが飛び出したって、いいじゃないか!

●目の前で交通事故を目撃する!?

ちょっと驚かされたのが、イスラエルのカンパニー、パブリック・モーメント『ALSO THUS!』である。テルアビブで2回観たが、最初は広い駐車場、2度目は空き地のような場所だった。実際に車を走らせ、その廻りにつく要人警護のSPの訓練風景を思わせるシーンが続く。
号令とともにキビキビ動くが、行進したり、徐行する自動車に伴走したり、退屈だな……と思っていると、いきなりドン! と鈍い音がして、一人が車に撥ねられてしまうのである。

一瞬、事故か演出か戸惑うほどの音だ。観客は凍りつく。
撥ねられた彼は動かない。
しかし他の出演者は冷静に「彼」を抱えて車に積み込むと、何事もなかったのように行進を続けるのである。

この無機質さ。警護の人間の生命は、物の数には入らないのだ。
その後も立て続けに三人が車に跳ね飛ばされるが、パレードは滞りなく続いていく。

なにも声高に訴えることはしない。
ただ淡々と進む静けさに、警護する者・される者の間に横たわる「生命の格差」が剥き出しになる。

これも実際に道路や駐車場という「街のリアリティ」が作品に深く影響を与えている例である。

まとめ:場所を理解し、活かすために

さて、いかがだったろうか。
2回にわたり、実に様々なところで踊る実例を紹介したが、これとてほんの一部に過ぎない。

本稿では繰り返し「サイトスペシフィック公演は、場所の特性を理解して作品に活かせ」と言ってきたが、まあ、ダンス公演でなにを見たいか・見せたいかは人によって違う。
「ダンスよりも、とにかくこの場所を見てほしいんだ!」
という動機で公演を打つのも自由だ。

ただ本当に「ダンスよりも場所」なら、ダンス公演にかかる予算で飲み物や食べ物を買って、その素敵な場所でパーティでもしたほうがいいんじゃないかね。

仮にもダンス公演として人を呼んでチケット代を取るなら、やはり「身体がそこに存在している意義(必ずしも動きである必要はない)」ってものを提示するべきだろうとオレは思う。
「イチゴ大福」を買って中にイチゴ味のグミが入っていたら、激怒するのが普通だ。「いや、外側の餅とあんこの素晴らしさを味わってほしいんですよ!」といわれても、まあ納得する人はいないだろうからね。

●場所の特性を活かすために

ではこれまで公演場所で分けて紹介してきたサイトスペシフィック公演を、今度は「場所の特性をどう活かしてきたか」という視点から見直してみよう。

[場所の特性の活かし方]
・場所の「存在感そのもの」を活かす……大自然、巨大採石場跡など
・場所の「機能性・特殊性」を活かす……壁面、廃駅、温室、美術館など
・場所と「人の関係性」を活かす……街の道行く人々、刑務所、ノグチルーム、難民など
・場所の「歴史性」を活かす……個人宅から歴史的遺産まで
・場所の「制限」を活かす……階段、砂漠、コロナ禍、トラックなど

舞台は虚構の世界だが、本気でやれば劇場内でもホンモノの自然と見分けがつかない舞台を造ることはできる。
フランスのジゼル・ヴィエンヌ構成・演出・振付・舞台美術の『こうしておまえは消え去る』は、本物の樹木を大量に重層的に配置し、さらに「霧の彫刻家」中谷芙二子との協働も相まって、舞台上のガラス戸の向こうに鬱蒼とした森を現出させていた。

だが本物の木が植えられていなくても、心の底から作品世界に引き込まれていれば、舞台上に「森」を実感することはいくらでもあるだろう。
逆に屋外で本物の樹木が背景にあっても、作品が薄っぺらくて全然「森」を実感できないこともある。

そこで注意するべきは、以下の点である。

[サイトスペシフィック公演のポイント]
・劇場の「制約」にとらわれない表現が可能。しかし当然、外には外の「制約」がある。
・さしあたり「場所のパワーに寄りかかるだけの公演」「場所が変わっても同じような動きをするだけのダンス」は論外。
・場所の特性を理解する頭と、そのパワーと交流・応答できるだけの身体が必要。
・どんなに圧倒的な風景であろうとも、踊る以上は「身体を含めた踊る空間」として把握しきる必要がある。

●真の自由は、制限とともにある
……とここまで読むと、この連載の読者は、「あれ?」と思わないだろうか。
なんだか似たようなことを、「劇場で公演するポイント」としてこの連載で読んだ気がするかもしれない。
たとえば第7回「ダンスと舞台美術」の、
「振り付けとは、ダンサーを含めた空間全体をデザインするものだ」
「身体と舞台美術は、互いに影響を与え合う強さを持った存在であるべき」
とか。
第1回では舞台上にホンモノを持ち込むことについて書いたが、見方を変えればサイトスペシフィック公演も「舞台空間にホンモノを持ち込む」ことの延長線上にある
ホンモノの割合が大きめなだけで。

つまり「劇場でもサイトスペシフィック公演でも、アーティストがやるべきことは本質的に変わらない」のであり、だからこそ「劇場で踊ってつまらない奴は、青空の下で踊ってもつまらん」のである

制約がしんどかったら、逃げるのは間違いではない。
ただどこへ逃げようと、そこには必ず別の制約がある。
どこかで踏みとどまり、空間と身体は、制約を超えて、分かちがたい契約を結ぶ必要がある
真の表現、真の自由を獲得するのは、まさにそのときだ。
逃れるだけでは、自由にはなれないのである。

昔に比べてサイトスペシフィック公演が減ってきたように感じられるのは、「劇場に収まりきらないほどのスケールの作品を創る人が少なくなった」といった単純なことではないだろう。
劇場の環境や設備やスタッフといったポテンシャルは常に進化し続けている。アーティスト側も「劇場でできることの多さ」を、深く使いこなせるようになってきた結果、
「外で公演したからって、それがなに? それより私のイメージする完璧な世界を創り出したい」
という人が増えてきたのかもしれない。

●新しいサイトスペシフィック公演のために
それでもサイトスペシフィック公演がなくなることはないだろう。
すでに見てきたとおり、劇場の新しいメリットは、つねに新しいデメリットにもなり得るからだ。
いたちごっこに無い物ねだりは、クリエイションの原動力でもある。

そしてもちろん、サイトスペシフィック公演にも新しい展開があるだろう。

たとえばVRやARなど、バーチャル空間で行われる公演も、その場所の特性を把握して使いこなすなら、十分に「サイトスペシフィック公演」として語られるようになるかもしれない。

現在のコロナ禍という「舞台芸術を襲った新しい制約」が、新しい公演のあり方を生んでいる実例はすでに見てきたが、今後は拍車がかかっていくだろう。
英国の「ザ・ガーディアン紙」は2月9日付の記事で、イギリスの劇場関係者はロックダウン後を見据えて、屋内公演より先に上演許可が下りるとみられる野外公演に向けて準備を進めていると報じた。
たとえばサフォークの森の中に5月オープン予定のソーリントン劇場は、第二次世界大戦の爆弾でできた凹みを利用し、ソーシャル・ディスタンスを保ったまま200人が座れる野外劇場を建設中だという。

劇場は舞台芸術のための英知が蓄積された場である。
しかし踊る人がいて、観る人がいれば、どこであろうとそこはもう劇場なのだ。
屋内であろうが野外であろうが、世界中の新しい挑戦が結集し、コロナ禍を越え、舞台は続いていくだろう。
人類の歴史の中で、踊りが絶えたことはない。
人がいるかぎり、踊りが止まることはないのである。

□ ■ □

さて次回は、ダンス最大の難所、「よくわからない」の原因でもある、「ダンスにおける物語と抽象」について語っていこう。

★第12回は2021年4月10日(土)更新予定です

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作家・ヤサぐれ舞踊評論家。株式会社JAPAN DANCE PLUG代表。 06年にNYジャパン・ソサエティの招聘で滞米研究。07年イタリア『ジャポネ・ダンツァ』の日本側ディレクター。19年スペインMASDANZA審査員。 現在は国内外の劇場・財団・フェスティバルのアドバイザー、審査員など活躍の場は広い。 『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』(作品社)、『ダンス・バイブル』(河出書房新社)、『どうせダンスなんか観ないんだろ!? 激録コンテンポラリー・ダンス』(NTT出版)、『ダンシング・オールライフ〜中川三郎物語』(集英社)、『アリス〜ブロードウェイを魅了した天才ダンサー 川畑文子物語』(講談社)他著書多数。

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