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バレエファンのための!コンテンポラリー・ダンス講座〈第11回・前編〉サイトスペシフィック・ダンス〜逃れるだけでは、自由になれない〜

乗越 たかお
“Contemporary Dance Lecture for Ballet Fans” 

Text by NORIKOSHI TAKAO

サイトスペシフィック・ダンス〜逃れるだけでは、自由になれない〜

1月の配信はお休みになってしまい、申し訳なかった。
今月からは再びがっつりと行かせていただきたい。

さてこの連載もラストスパートである。
前号までは「舞台上にあるもの」を様々に分解・分析・考察してきたが、今回からは、作り手・観客双方が、より深く作品にアクセスするための方法を考えていこう。

ダンスは、劇場だけのものではない

●サイトスペシフィック(SIGHTSPECIFIC)とは

今回のテーマであるサイトスペシフィック(SIGHTSPECIFIC)・ダンスとは、「場所の特殊性を生かしたダンス」ということだが、「劇場以外の場所で踊られるダンス」という意味合いで使われることが多いので、本稿でもそれにしたがう。

広がる青空もしくは夕暮れ、海辺や川、森の鳥たちの自然な声が聞こえてくる。もしくは歴史的な建造物や遺跡、最先端科学の粋を凝らした場所で踊ることもあるだろう。
なかには「え、こんなところで踊るの?」と唖然としたり、「こんな場所があったんだ……」とワクワクしたりする。今回は、そんな驚きの実例を挙げながら見ていこう。

しかしこれは単なるオモシロ公演集ではない。
やがて「サイトスペシフィックなダンスを考えることは、劇場の可能性と限界について考えることである」と思い至ることになる。ぜひ一緒に考えていきたい。

●「外」→「内」→「外」を考える

もちろん人々は劇場が誕生する前から踊ってきた。
日本でも多くの芸能が「河原乞食」と言われ、能舞台も元は野外にあった。舞台芸術の源流は屋外にあったのだ。海外でも源流は野外もしくは野外劇場である。
ヨーロッパでは、バレエをはじめ専門的・職業的なダンスが王宮などの権力者・富裕層の庇護の許に発達してきた。
つまり現在、わざわざ「サイトスペシフィック」という言葉を使うのは、人々の意識の中に「ダンスは劇場で見るもの」という考えが浸透した結果といえる。

この「外(道や河原)」→「内(劇場)」→「外(サイトスペシフィック)」と人々を向かわせる力は何なのだろう。

それを考える前に、まずバレエにおけるサイトスペシフィックな公演の実例を見てみよう。

サイトスペシフィックなバレエ

●清里とニューイヤー

バレエは宮殿で生まれた。
しかしサイトスペシフィックな挑戦はけっこうされている。
そもそもロマンティック・バレエは森の奥深く、月光の下で、魔法や妖精とともに物語が展開するのが大好物なのだから、本物の森の中で上演したくなるのはしょうがない。
ヨーロッパでは、夏のバケーションに様々な場所で野外バレエ公演が行われている。モーリス・ベジャールは夏場に湖畔や古代の劇場などで公演をしていたが、現代のベジャール・バレエにもしっかりと受け継がれている。

「日本で唯一、⻑期間にわたり連続で上演されている野外バレエ公演」(公式サイトより)が、バレエシャンブルウエストによる「清⾥フィールドバレエ」である。1990年の開始以来、清里高原萌木の村特設野外劇場で約2週間行われる公演に、多いときは1万人を越える観客がやってくる。
都会の喧噪を離れ、背景に広がる木々に高原の清涼な空気、冴えわたる月と星の下でのバレエは、多くのファンの心をつかんでいるのだ。コロナ禍の2020年も無事『白鳥の湖』の公演が行われた。

バレエファンにとって新年のお楽しみはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の「ニューイヤーコンサート」だろう。日本を含め世界90ヶ国以上で放映されている。
ここで挿入されるバレエの映像は、宮殿や庭園を移動しながら踊るのをカメラが追っていくなど、趣向が凝らされていてじつに楽しい。残念ながら今年の演奏はコロナ禍のため無観客公演だったが、バレエはウィーン国立バレエの木本全優らが『春の声』をリヒテンシュタイン庭園宮殿で踊った。かつての侯爵家が誇る緑に囲まれた庭園で、4組のカップルがそれぞれ見事なパートナーシップを見せた。

●ベジャールの遺伝子と、ロックダウン下のロンドン

ベジャールの遺伝子を受け継いでいる東京バレエ団も、サイトスペシフィック公演では旺盛な挑戦を続けている。「横浜ベイサイドバレエ」では横浜港に面した特設ステージで、『ボレロ』『ギリシャの踊り』といったベジャール作品等を上演した。残念ながら天候に恵まれない日もあったが、そぼ降る雨の中で『ボレロ』を踊る上野水香は、揺るぎない存在感で観客を魅了した。『ギリシャの踊り』では上半身裸の若者達の踊りを、横浜港からエーゲ海よろしく吹いてくる潮風と波音とともに観るのは、至福の時だった。

また東京バレエ団2019年のイタリア・ツアーローマのカラカラ帝大浴場跡に造られた野外劇場でベジャールの『春の祭典』『ラ・バヤデール』を上演した。とくにベジャール版の『春の祭典』は鹿の交尾にヒントを得た、生と性がぶつかり合う作品。大空に向かって爆発的なエネルギーが放出されたことだろう。

さてコロナ禍でソーシャル・ディスタンスが必要とされる昨今。日本と違いヨーロッパではロックダウン中は完全に劇場を閉鎖している国が多い。

バレエチャンネルのインタビューでも紹介されていたが、ロックダウン中のロンドンで英国ロイヤル・バレエの桂千理さんが中心となって行ったDistDancing』という屋外パフォーマンスのプロジェクトが大きな話題となった。

タイトルは「ディスタンシング」と「ダンシング」の合成語だが、ソーシャル・ディスタンスはきっちり守られている。
リージェンツ運河沿いにある倉庫付近を利用してパフォーマンスが行われるのだが、なんと観客は運河を隔てた反対岸から見るのである。
バレエ以外にもヒップホップやサーカスなど様々なパフォーマンスが行われ、倉庫の前や中、さらに屋上や桟橋など、一演目ごとに場所を変えて上演するので、出演者同士のディスタンスもバッチリ保たれている。
桂さんによると、このプロジェクトは、当時のロンドンでほとんど唯一のライブダンスパフォーマンスだったという。

コロナ禍でも踊る場を確保したいダンサーの熱意が、ロックダウンした劇場を飛び出してダンスを街にあふれ出させたのだ。
サイトスペシフィック公演では「劇場での制約から逃れること」が重要なキーワードになる。『DistDancing』は、ソーシャル・ディスタンスという制約を逆手にとって、演出の中に採り入れてプラスに転化している点、見事なサイトスペシフィック公演だといえる。

メリットとデメリットを考えてみる

●外で公演するメリット・デメリット

さてコンテンポラリー・ダンスにおける具体的なサイトスペシフィック公演の例を紹介していきたいが、その前に、そもそも劇場以外の場所で公演するメリットとデメリットを見ておこう。

メリットはまず自然や特殊な施設など、ホンモノが持つリアリティの力を借りることができる点だ。見知らぬ場所に行くだけでワクワクするものだ。なかには行き先を伏せたまま観客を覆面バスに乗せて現地まで連れて行く場合もある。

また劇場での公演が不可能なほど特殊だったり大がかりな仕掛けを使うことができる。

そして最近注目されているのが、とくにヨーロッパで高まっているエコの視点だ。
たとえば未明の海岸に観客が集まってくる。やがて白々と日が昇ってくるのを背景にダンサーが踊るという公演を、ローザスがやっている。舞台美術のゴミも出ず、電力も使わなくてすむわけだ。

もちろんデメリットもある。

まず取り壊し間近の施設等、上演許可を取るのが難しいことも多く、さらにそういう場所を利用した場合、再演が難しい。もっとも本来、舞台は一期一会だと考えれば、これはたいしたデメリットではない。

だが音響や照明の設計には限界があり、外部の雑音や光が入ってくる。住宅地では大きな音は出せないし、電力の確保も課題だ。
夜ならば照明を受けたダンサーにも虫がたかったり、舞台にコウモリが飛んでくることも意外に多い。

そして後ほど実例を挙げるが、天候や気温の影響をもろに受ける。
それらを知ってなお、なぜ劇場外でやろうとするのか。

外へと駆り立てるものは何か

●出りゃいいってもんじゃない

なにがダンサーを劇場の外へ駆り立てるのか。

まあ単に「面白い場所があるので踊ってみたい」だけでも、悪いことはない。外は楽しいよね。

だが安易に「外でやれば場の雰囲気が加算されるから、お得だ」と思っていたら、ちょっと考えが甘い。
ダンスに力がなければ、観客の印象は、ダンスよりも場所の魅力のほうに取られるからだ。
もっといえば「場所が良すぎて、ダンスは邪魔だったな」ということもけっこうある。

そこで「サイトスペシフィック(場所の特性を活かす)」という意味をもう一度考えてみてほしい。それは単に「変わった場所で踊ること」ではない。
その場所でしかできないことは何か、を考えぬく」ということなのである。

「室内のダンスを外で踊るだけ」では、本来の意味のサイトスペシフィック公演ではないのだ。

そこで鍵になってくるのは、先述した「外(道や河原)」→「内(劇場)」→「外(サイトスペシフィック)」という変遷である。

「デメリット」で挙げたように、外での公演はいろいろと大変なので劇場ができた。なのにその劇場という恵まれた環境を捨てて、なぜまた外へ出て行くのか。
じつはまさにその「劇場の優れた点」こそが、ときにダンサーを「劇場の外に向かわせる動機」になってしまうのだから皮肉な物である。

●劇場の「利点=不満」1:アイデアを形にしやすい→プロセニアムの制約

本連載の「照明(第8回)」でも見たとおり、劇場の最も優れている点は、照明や音響や美術を精密に設計してコントロールしやすいことだ。
頭の中に浮かんだ情景を実現するためのハードとソフトが整っている。

舞台効果を最大限に発揮するため、劇場は設置された機材や客席を最適化した位置に配置している。その成果がプロセニアム・アーチ(額縁)で、観客は巨大な額縁の中を覗くように舞台を眺めることになった。

このプロセニアムが様々な制約を生むことは、これまでの連載で見てきた。
パフォーマンスのアクティング・エリアは限られるが、観客の視点を限定することで舞台美術に遠近法が使われ、奥行きのある世界を作ることができるようになった。

しかし同時に「演じる舞台」と「観客の」位置/立場を固定化させ、演者は常に「正面=客席」を意識せざるを得ない。
観客も座席に身体を固定された状態で正面を見る姿勢を強要される。

もちろんこうした制約も、劇場の中にいながら無効化するような試み(「センターをなくす」「正面をなくす」等)がなされてきたことを本連載では紹介してきた(第4回 ダンスにおけるセンター問題)。

だがサイトスペシフィック公演ならば、この「プロセニアムの制約」に対して、もっと根本的に違う角度から挑戦ができる。
たとえば「建物の中を歩き回りながら踊り、観客があとをついていく」「建物のあちこちの部屋で同時多発的に踊りが始まり、どこにいて何を見るかは観客が選ぶ等々」なら、センターの問題も正面の問題も発生しないわけだ。

●劇場の「利点=不満」2:集中して鑑賞できる→「感動を生む装置」の忌避

観客にとっても、劇場とは舞台芸術を楽しむための叡智が集積した場所である。

コロナ禍で動画の配信が活発化したとき、「手軽に見られる『お得感』を享受する時期」を過ぎると、どんなに名作でも、動画を見るのがだんだんつらくなった経験はないだろうか。
俗に言う「配信疲れ」だ。

しかしどんなに連日劇場での鑑賞が続いても、劇場公演ではこういう疲れはなかった(個人の感想です)。フェスティバルともなれば朝から晩まで続き、3連続で超駄作にぶちあたるなどザラにあるが、次こそはと期待こそすれ、もうこれ以上見たくないとはなかなか思わない。同様のことはネットでもよく語られていた。

劇場は、作品世界を実体化するための、いわば結界である。
余計な光も音も入ってこない。作品を邪魔するものはない。
広い空間で多くの人と、いま目の前で起こっていることを共有し見守る。
その集中力をもった状態で作品に入っていくことができるのが劇場の素晴らしいところだ。

……しかしこの連載の読者はすでにおわかりだろう。
すべてを疑うのがコンテンポラリー・ダンスなのだ。
「劇場の素晴らしさ」は、そのまま裏返して考えられる。

つまり劇場の舞台で得た感動は、劇場という「集中できる装置の底上げ」のおかげではないか。
「劇場という恵まれた場所」ではなく、もっと過酷な状況に身体を晒して踊りたい人。さらにはコントロールなどできようもない圧倒的な大自然の中や、人が生活している街中のリアリティの中で、雑音や予測不能のハプニングとともに踊りたい、と思う人もいるだろう。そういう人も、やがて外に向かっていくことになる。

じつはコンテンポラリー・ダンス以前に、ポストモダンダンスと呼ばれるアーティストたちは、いち早く劇場を飛び出していた。活動拠点のひとつがジャドソン教会ということもあったが、従来のダンス的な要素を次々に解体していった彼らは、部屋の中で全裸で座っていたり、建物の屋根の上で踊るといったビデオ作品を続々と撮っている。

サイトスペシフィックを専門にしているアーティスト

ではコンテンポラリー・ダンスにおけるサイトスペシフィックな公演を見ていこう。
本稿では公演場所別にサイトスペシフィック公演の作品を分類し、考察していくつもりだが、中にはサイトスペシフィック公演を専門にしているアーティストもいるので先に紹介しよう。

NYのノエミ・ラフランスNoémie Lafrance はそうしたアーティストの一人である。
『ノワール』はビルの駐車場で行われる。客席はない。観客は駐車中の車に乗って観劇することになるのだ。タイトルはフィルム・ノワール、つまり犯罪映画が題材である。目の前で展開される犯罪ストーリーを車中からフロントグラス越しに「目撃」するわけだ。観客もまた作品世界を構築する一部となり、作品により没入させるための仕掛けとして機能させているのである。

同じく『ディセント』は古い建物の螺旋階段で踊る作品。上から覗くと、階段の少しゆがんだ美しい手すりが渦巻きのように伸びている。8階それぞれの踊り場にダンサーを配置してダンスが展開するのだが、観客は自由に移動しながら鑑賞できる。目の前のダンサーを見てもいいし、上の階から下を見下ろしてもいい。どこまでも続く下降(ディセント)の渦にダンサー達が少しずつずれて合わせ鏡のように伸びていく様には幻惑される。これは劇場ではできない、「高さと遠近法が作用する視界のためのサイトスペシフィック公演」である。

日本では村本すみれが主宰しているMOKKもサイトスペシフィックを旨として異彩を放っている。九段下の廃墟ビル、神楽坂の赤城神社境内、第8回(ダンスと照明)に紹介した闇ダンス(貨物用コンテナの中で、闇の中のパフォーマンス)などなど。赤坂のレストランでの公演『—frieg』は、店の前の植え込みまで出て踊った。ただこの場所が在日アメリカ大使館と直線で200メートル位しか離れていなかったため、米大使館の警護員がすっ飛んできたこともあった。現在は残念ながら活動休止状態である。

第7回(ダンスと舞台美術)で紹介した、野外演劇の雄「維新派」は、毎年堪能させられた。筆者が初めて見たのは彼らが初の東京公演を行い、自らを「ヂャンヂャン☆オペラ」と称した『少年街』(1991)から。後述する東京の空白地帯だった旧汐留駅跡地での公演だった。
場所の特性を活かすと同時に、ちょっとした村ひとつに匹敵する巨大な舞台を作り上げる(そして釘一本残さずに去る)のが持ち味だった。
その後も大阪の南港に巨大な坂の町をつくる『南風』、熊野本宮大社跡地の『麦藁少年』、奈良の室生寺近くのグラウンド約3000坪にひまわり畑を出現させた『さかしま』。岡山市唯一の有人離島である犬島は、いまではオシャレな施設がいくつもできているが、維新派が初めて『カンカラ』を上演したときは、昭和初期に操業停止したレンガ造りの銅精錬所施設があちこちで崩れまくったヤバさ満載で「島全体が廃墟」だった。
第7回で触れた『呼吸機械』は絶品で、琵琶湖の水打ち際を舞台に組み込み、遠く湖を渡って上陸してくる巨大な人形や人々など、これぞサイトスペシフィックという衝撃に満ちていた。

公演場所で分けてみよう

さていよいよ具体的な例に入っていこう。
劇場以外の、あらゆる場所がサイトスペシフィック公演の対象になるので(劇場全体を公演場所にする演出もあるが)、その分類は広汎になる。そこで、場所によって以下のように分類してみよう。

  • その1:屋外(都会)で踊る
  • その2:屋外(自然)で踊る
  • その3:屋内で踊る(1)美術館・ギャラリー等
  • その4:屋内で踊る(2)普通は入れない場所等

●街中や路上で

屋外で踊る場合、大きく分けて、都市のどこかで踊る場合と、自然の中で踊る場合がある。

街中で踊る場合、商店街や町内会が主催であっても、優れた企画はけっこう日本中で行われている。
規模は様々だが、東京の六本木界隈でアートとダンスを一晩中上演する「六本木アートナイト」は、街の持つ祝祭性とよくマッチして大いに盛り上がってきた。

最近注目を集めているのが、静岡のストリート・シアターフェス「ストレンジシード静岡」である。駿府城公園とその周辺で踊る若手紹介企画だが、とにかく出演ダンサーを選出するセンスがずば抜けてよく、全国から多くのファンが駆けつけている。

静岡は宮城聡率いるSPAC(静岡県舞台芸術センター)の「ふじのくに⇄せかい演劇祭」が質の高さで有名だ。
いっぽう静岡市内にある七間町という商店街で行われる「七間町ハプニング」という、小さいながらもエッジの効いた企画があるなど、なかなかに熱い盛り上がりを見せているのである。

日本で演劇フェスやダンスフェスといっても、会場となる劇場近辺が盛り上げるだけなのがほとんどだが、海外では文字通り町を挙げてのお祭りも少なくない。
ルーマニアのシビウ演劇祭スコットランドのエジンバラ演劇祭など、小さな町全体、劇場外のあちこちでパフォーマンスが行われる。ヴェネツィア・ヴィエンナーレでは、貴族の邸宅を経巡りながらパフォーマンスを見ていく形式もあった。
東京でも数少ない国際ダンスフェスティバルDance New Airは、青山界隈の諸施設を使用して、劇場という「点」ではなく「面」的な広がりを持たせている。

単独公演としては、街なかの様々な階段で踊る伊藤キムの『階段主義』は優れたアイデアだった。階段は大抵の街にあり、幅の広いものも少なくない。動きは制限されるが、自然な高低差はドラマを生みやすく、なにより観客から見やすい。様々な場所での公演が可能だ。

街の特性を活かしたものでは、電車や路面電車、水上バスなど公共交通機関で踊るものもある。

公演場所は必ずしも屋外ではないが、本物のホームレスの人々を集めてダンスカンパニーとしているのが「新人Hソケリッサ!」である。代表のアオキ裕キは元々商業的なダンスで成功していた人だが、身体のリアリティを求めて彼らにたどり着いた。路上で寝て硬直した身体もユニークなものとしてダンスに溶け込んでいくのがコンテンポラリー・ダンスのいいところだ。

●歴史的な場所で踊る 教皇庁と闘牛場

場所の見た目だけではなく、歴史的なまでも含めて、その場所で踊ることに意義がある場合がある。

世界三大演劇祭に数えられるフランスのアヴィニヨン国際演劇祭では、教皇庁の中庭で公演を打つことは最も名誉なこととされている。数々の巨匠が名作を上演してきたが、けっこう無茶もしてきた。

アヴィニョン教皇庁(フランス)

ロメオ・カステルッチは代表作である『神曲三部作』をここで上演した。
驚いたのは、大勢の出演者を一列に並べ、教皇庁の壁をガシガシと蹴りつけさせたことだ。「フランス国内にある、かつてのローマ教皇庁に対する、イタリア人アーティストの狼藉」という構図である。

アヴィニヨンの教皇庁にイタリア人が絡んでくれば、これはもう歴史上の大事件「アヴィニヨン捕囚」を思い出さないではいられない。
これはローマが守ってきた教皇の座が、力ずくでフランス・アヴィニヨンへ移された事件だ。1309年から約70年間にわたる。現代のイタリア人にすれば、この教皇庁は簒奪の象徴なのである。
いきなり蹴らせたカステルッチもすごいが(他にも外壁をよじ登らせたり色々やっていた)、上演を許可したアヴィニヨン・フェス側も腹が据わっている。なんといってもこの教皇庁は1995年にユネスコ世界遺産に登録されているのだから。

もうひとつ「場所へのこだわり」としては、イスラエル・ガルバンが伝説の公演『アレーナ』を行った、マエストランサ闘牛場もあげられる。

セビリア旧市街 マエストランサ闘牛場(スペイン)

ガルバンは若くして伝統的なフラメンコの世界で天才の名をほしいままにしていた。しかし自らの表現の幅を広げ続けた結果、「そんなものはフラメンコではない」「裏切りだ」と猛反発を食らい、故郷セビリアを追われるように出て行った。
しかしコンテンポラリー・ダンスの世界を初め、ガルバンの才能は世界中で高く評価された。そして満を持して一度は追われた故郷セビリアに凱旋公演を行ったのがこの『アレーナ』なのだ。

スペインを代表するマエストランサ闘牛場は12,000人収容の巨大な空間だが、そこにほぼ一人でガルバンは踊り続ける。6つの場面からなり、それぞれにはかつて闘牛士を殺した牛の名前が冠されている。

ガルバンは自分を否定した故郷の、最も民族の誇りに満ちた場所で、自分の信じるスタイルを貫いて踊った。ガルバンは熱狂をもって迎えられ、ダンスによって本当に心を通わせる瞬間となった。
その経緯はオムニバスのドキュメンタリー映画『Move -そのステップを紐解く-』(ティエリー・デメジエール、アルバン・トゥルレー監督)でも観ることができる。
ガルバンは別の作品だが2021年の来日が予定されている。コロナ禍だが実現することを祈る。

●廃墟または取り壊し間近 そして月の駅

屋外でのパフォーマンスはいろいろ許可が取りにくい。比較的やりやすいのが、取り壊し寸前の施設等だ。

日本ではコンテンポラリー・ダンスが一気に加熱した1990年代はバブル経済が重なり、古い施設や建物をバンバン壊していた。とくに湾岸地域にあった倉庫街を壊してタワーマンションが林立するウォーターフロント開発が始まった。
昭和初期に建てられた倉庫は重厚な石造りで、照明によって宮殿のように見えるので、しばしば公演に使われていた。

1995年に再開発が始まり、いまは巨大複合ビルが建ち並ぶ東京汐留。元々はわが国初の鉄道の終着駅だった。
その後1960年頃から貨物列車専用のターミナル駅となり一般旅客は入れなくなったが、それも1986年に廃止された。そこから再開発が始まるまでの約9年間はなかば放置され、東京のど真ん中の銀座や新橋のすぐ隣に、広大な空白が存在していたのである。

だがとりわけ印象に残っているのは勅使川原三郎の『月の駅』である。黒いロングコート姿の怪しいヤツらの姿が廃駅のプラットフォームの屋根の上に浮かび上がる。彼らは大きな月を背負って立ち、その下のホームでは白い人形のような衣裳の勅使川原と、鮮やかな赤い衣裳の山口小夜子が踊るのを、観客は反対側のプラットフォームから見ているのだ。

本物の月に廃駅、そこへ凶々(まがまが)しいまでの美しさで踊られるダンスは、この世ならざる者たちを垣間見ているようで、いまでも目の奥に焼き付いて離れない、特別な公演だった。

●壁で踊り、観客は寝転ぶ

いまやアートやダンスと深く結びついている現代サーカスだが、本来屋外でのパフォーマンスはお手の物だ。

オーストラリアのカンパニー「ストレンジ・フルーツ」は何度も来日している。数メートルある長くてしなるポールの上に腰掛け、ブーラブーラとスウィングする。それだけ、といえばそれだけだが、この先端に中世風に着飾った夫人などが気品を保ったままただ揺れているのがなんともおかしい(やがて体技もするけど)。
特にロンドン・パラリンピックでは、下肢のないダンサーが腕の力だけで先端まで登ってパフォーマンスするなど、新しい展開技を見せていた。

ロープで身体を縛ってビルの外壁にぶら下がり、無重力のように踊る「壁面ダンス」は、ここ10年ほど、様々なカンパニーが行っている。たとえばAira『Vertical Wall Dance』など。

ここで見るべきは、壁で踊るという危険度ではなく(彼らはプロなので安全対策は万全だ)、壁を蹴って浮いた身体が「下(地面)」ではなく「横(壁面)」方向に「落ちていく」、という視覚効果である。
ダンスの歴史の中で解放されようとしてきた「重力」を、「縦方向」から「横方向」に変換したことで生み出される浮遊感が見どころなのである。

空中ブランコはサーカスの華。なら空中ブランコだけでショウを作ってしまえと実現したのがフランスの伝説のカンパニー「レザッソ」。しかし残念ながらカンパニーは解散してしまったが、「レザッソ」を前身とする新しいカンパニー「CirkVOST(シルク・ヴォスト)」が作品『エピシクル』をもって2016年に来日公演をした。

豊洲の広い空き地に直径13.5mの巨大な円形の鉄骨の枠を立てた。
ポイントは「すべてのパフォーマンスが空中で行われる」ことだ。荒くれ者のような出で立ちのパフォーマーは縦横無尽に飛び回るが、一度も地上に降りてこないのである。

徹底している。しかし観客はずっと上を見上げていなければならず、首が疲れる。
そこで。
前方の席はなんとリクライニング・シートになっていて、観客は寝そべって観ることができる。観客のことまでよく考えられている舞台だった。

(来月に続く)

★第11回・後編は2021年3月10日(水)更新予定です

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作家・ヤサぐれ舞踊評論家。株式会社JAPAN DANCE PLUG代表。 06年にNYジャパン・ソサエティの招聘で滞米研究。07年イタリア『ジャポネ・ダンツァ』の日本側ディレクター。19年スペインMASDANZA審査員。 現在は国内外の劇場・財団・フェスティバルのアドバイザー、審査員など活躍の場は広い。 『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』(作品社)、『ダンス・バイブル』(河出書房新社)、『どうせダンスなんか観ないんだろ!? 激録コンテンポラリー・ダンス』(NTT出版)、『ダンシング・オールライフ〜中川三郎物語』(集英社)、『アリス〜ブロードウェイを魅了した天才ダンサー 川畑文子物語』(講談社)他著書多数。

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