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【インタビュー】近藤良平〜彩の国さいたま芸術劇場次期芸術監督就任!「劇場で行われることは楽しいこと。人間なら誰でも感じられる楽しさを追求したい」

阿部さや子 Sayako ABE

テレビ等でもおなじみの人気ダンスカンパニー「コンドルズ」を主宰するあの近藤良平氏が、彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督、いや“次期”芸術監督にーー。

2021年2月に発表されたこのニュースは、いまだコロナ禍の雲に覆われたダンス界にパッと光が差すかのごとく、瞬く間にダンスファン・舞台芸術ファンのあいだを駆け巡った。

感染防止のため、記者発表会等はなし。その代わり、発表と同時にこんな動画が公開された↓

こんなにも心躍る(?)「就任のごあいさつ」は、世界広しと言えど他にはないのではなかろうか?

次期芸術監督就任を約半月後に控えた3月半ば、近藤氏に単独インタビューを行った。
最初に挨拶をしたとたん、「バレエチャンネルってどういうことをしているの?」「あなたはどんな仕事をしているの? 同じような人は他にもいる?」等々、逆に近藤氏のほうから次々と質問が飛んでくるという、これまで経験したことのない展開に。なんと取材時間のうち3分の2はそうして過ぎていったが、そのことじたいが、近藤氏の人となりや芸術監督就任に向かう姿勢を物語っているように思えた。

近藤良平 彩の国さいたま芸術劇場次期芸術監督 ©︎Ballet Channel

2021年4月からの彩の国さいたま芸術劇場次期芸術監督就任、そして2022年4月からの同劇場芸術監督就任、おめでとうございます。「就任のごあいさつ」として公開された動画では、最初のひと言が「びっくりです」でしたね。
近藤 びっくりしますよね。だって芸術監督になるなんて、普通は考えませんよね。考えたことあります?
いえ、私などはもちろん考えたことはありませんが(笑)。
近藤 僕はこれまでも「コンテンツを作る」ということはたくさんやってきました。例えば劇場公演のためにダンスを作ったり、テレビ番組のために「体操」を作ったり、クライアントからの依頼を受けてCMを作ったり。まず「場所」を与えられて、そこで上演するための作品を作るというのが、これまで僕がやってきたことです。でも芸術監督というのはいわば「司令塔」。自分で作品を作るというよりも、劇場として何を上演していくか、この劇場をどういう場所にしていくかを企画する立場です。そのようなポジションに自分がなるかと思うと、物事の見え方が急に変わります。それに対しての「びっくり」です。
物事の見え方が、例えばどのように変わってきているのでしょうか?
近藤 例えばこうして取材を受けるにも、以前だったら、僕は自分が踊ることやコンドルズのことしか言わなかったかもしれない。でも、今日ここに来てからもワッといろいろ質問しましたけど、例えば他ジャンルのダンスのこととか、子ども世代のダンス事情とか、舞台関係者がどう集まって協力していくかとか。いまはそういうことに興味が向いているというか、考えがシフトしている感じがします。
「芸術監督に」というオファーを受けた時のお気持ちは? びっくりしつつも「やってみたい」と思われましたか?
近藤 そうですね。そのあたりは、どちらかというと怖がらないほうなので(笑)。ありがたいお話ですし。そういうオファーに対しては「やってみたい」と答えるほうが正しいとも思っているから、即「はい」と言ったわけじゃないけど、即答に近かったとは思います。
個人的には、上述の「就任のごあいさつ」動画を見ただけで「さいたま芸術劇場がこれからますますおもしろくなりそうだ!」と大いに期待が膨らみました。
近藤 あの動画、大したことは何も言ってないですけどね(笑)。「これを絶対に成し遂げる!」なんて、まだ言えませんから。でもとにかく、「演劇・音楽・ダンスの境をなくしたい」ということと、「舞台や劇場で行われることは楽しいことなんだよ」ということを伝えたいと思いました。
シンプルでわかりやすく、とても素敵なメッセージだと思いました。まずはその「演劇・音楽・ダンスの境をなくす」というのが具体的にどういったイメージなのか、現時点でのお考えを聞かせていただけますか?
近藤 僕が感じていることとして、人は往々にして「ジャンル分け」をするのが大好きで、アーティストの側もジャンルの殻に閉じこもって安心している人がいっぱいいると思うんです。そうではなくて、演劇ファンの方にも音楽を聴きにきてほしいし、音楽ファンの方にもダンスを観にきてほしい。ミュージシャンには「音楽にはダンスにつながる要素がある」と感じられるような演奏をしてほしいし、ダンサーには演劇とのつながりをダンスで伝えてほしい。固定観念に縛られず、ジャンルの壁を積極的に跨ごうとする作品や、観客のみなさんがジャンルの壁を跨ぐきっかけになるような作品を、ここから発信できたらいいなというイメージは、ひとつありますね。

もうひとつは、このさいたま芸術劇場って、建物じたいがとてもよくできているんですよ。劇場の中央に円形の広場があって、演劇やダンスに使う大ホールと小ホール、そして音楽ホールの入口が、全部そこに面しているんです。だから、その日の気分でどこに行ってもいい。その円形広場の真ん中にルーレットを置いて、針が差した方向のホールに入って舞台を楽しんでもらう、みたいなことをしてもいいかもしれない。

それは楽しそうです!
近藤 そうして観てみた感想が、「ああ、つまんなかった!」でもいいじゃないですか(笑)。「自分はこのジャンルを見なくちゃいけない」ではなくて、もっと気軽に、自由自在にジャンルの境を超えてもらえたらいいなあと思います。
近藤さんが次期芸術監督に選任された理由についての資料を見ますと、①高い芸術性を追求する姿勢と大衆性の両立が期待できること、②異なるアート・ジャンルの融合により新しい表現の可能性を追求する芸術的ビジョン、③芸術による社会貢献に積極的であること、④リアルな芸術体験にこだわりながらもオンラインでの展開にも意欲的であること、という4点が挙げられています。いまのお話はまさに②についてでしたが、他に近藤さんご自身が今後とくに意識していこうと考えているポイントはありますか?
近藤 2021年現在でいうと、「社会貢献」「オンライン」は絶対に欠かせないところでしょう。それが選任理由として挙げられるというのは、とても「いま」らしい観点ですよね。
とくにコロナ禍において一気に重要性が高まったのが「オンライン」ですね。近藤さんご自身もコンドルズの公演がいくつも中止を余儀なくされるなか、オンライン・コンテンツをたくさん配信していらっしゃいます。リアルな劇場で活動してきたアーティストとして、観客の視線も感じられず拍手も聞こえないオンラインでの活動は、つらくないのでしょうか?
近藤 つらいです。シンプルにつらい。そして心の葛藤がいっぱい生まれすぎて、時に葛藤のほうが勝ってしまう。要するに全力投球でパフォーマンスするのが難しくなるんです、無観客だと。演者として、半分「嘘」を作っているような感じがしてしまうので。自分は何のために無観客で踊り、オンライン配信をしているのか。そこが自分の中でクリアにならないと、葛藤に勝てません。
ああ、なるほど。
近藤 そういう状態では、単純に「やっぱりリアルのほうがいいな」で終わってしまいます。オンラインに関しては、僕ももう少し勉強しないといけません。僕は昔から映画が好きなのですが、1950年代や60年代のイタリア映画を見ると、当時は機材がないからただカメラを回すだけで、ある意味とても「リアル」に映画を撮っています。でも、美しく見えるようにその場所を白くしてみたり、人力で風を起こしてみたり、つまり「創作」ということがきちんとなされている。そして「カット割」も多用しているし、いろんな「からくり」が凝らされた世界なんですね。ところがいまのオンライン・コンテンツーー主にはYouTube動画ということになりますがーーは、撮影した画を整理することなく、そのまま流すことを「リアル」だと言っているものが多い気がします。オンラインで作品を見せるとは、そういうことではないと思う。例えばカメラを3台入れたなら、1カメは寄り(クロースアップ)を撮って、2カメはこちらのアングルから、3カメは全体を俯瞰で……と指令を出してカメラをスイッチング(切り替え)する「スイッチャー」が居なくてはいけない。オンライン配信においては、このスイッチャーという名の演出家が絶対に必要だと思います。これからの時代のパフォーミングアーツに求められる新たな職業が誕生したとも言えるくらいです。そういうことを考えなくちゃいけない現在の状況というのは、ちょっと面白いなと思っています。
面白いお話ですね。
近藤 オンライン配信の流れは止まらない。それは確かでしょう。いっぽうで、劇場などリアルな場所で観るという行為も、絶対になくならない。いつになるかはわからなくても、観客やアーティストは必ず劇場に戻ってきます。僕はやはり、すべてはその日のためにやっています。オンラインだけの世界は、僕にはあり得ない。だから逆に、何とかしてオンラインを利用してやろうっていう気持ちはありますね。YouTube動画の世界がすでにあれだけ広大なのを見ると、ちょっと萎えるところはありますけど(笑)。
もうひとつ、先ほど「欠かせないところ」とおっしゃった「社会貢献」についても聞かせてください。近藤さんは、芸術はどのように社会貢献をするべきだと思われますか? あるいは、どのような社会貢献ができるとお考えになりますか?
近藤 その点は、もう少し勉強してからでないと語れない気がします。僕自身は、埼玉県内の障害者のみなさんと長期間にわたってワークショップを重ね、そこから結成した「ハンドルズ」(*)というダンスチームの活動を通して、目覚めたところはあります。でも「社会貢献」という言葉で言っちゃうと、ちょっと偉そうな感じがするというか。ハンドルズをやっている感触としては、もっと力が抜けていて、笑いながら作業しているような感じです。だからあまり身構えなくても、ダンスにできることは身近なところにいくらでも転がっている気はしますね。そしてこれから芸術監督に就く身としては、劇場が社会に対して何ができるかということを、スタッフのみなさんと一緒に考えていきたいと思っています。

*半分コンドルズ〈コンドルズを目指すがまだまだ未熟……〉、ハンディキャップ、ハンドリング〈車いすの操作〉に由来。出演者のアイディアで命名。

先ほどの「選任理由」の①に挙げられていた「高い芸術性の追求と大衆性の両立」についても聞かせてください。芸術性と大衆性はしばしば対立してしまい、なかなか両立が難しい面があると思います。近藤さんはご自身で作品を創る時、「大衆性」を意識していらっしゃいますか?
近藤 舞台芸術における「大衆性」というのが何を示すのか、正直僕にはよくわからない部分があります。演劇の舞台に人気タレントを起用すれば、それが大衆性ということになるのか? あるいはもともとは大衆娯楽だった歌舞伎は、現在においても大衆性があるのか? 難しいですよね。ただ、子どもも大人も楽しめるとか、家族三世代みんなで見られるとかーーつまり「人間」として楽しめるもの、ですね(笑)。人間なら誰でも共通して感じられる楽しさを追求したい、という思いはあります。
近藤さんが就任にあたって出されたコメントに、「様々な人が行き交う場所、風が気持ちよくぬける劇場に、僕はしてゆきたいと思います」という、とても印象的な言葉がありました。この「風が気持ちよく吹き抜ける劇場」とはどのような場所なのか、もう少しだけ詳しくお聞かせいただけますか。
近藤 少し絵本ぽい表現になったのですが、さいたま芸術劇場は、建物の真ん中にびゅーっと道が通っているんです。だから実際に風が吹き抜けるところでもありますし、比喩的な意味でも、風通しのよい場所でありたいという意味を込めました。街の人たちには、公演のない日でも、あの真ん中の道を日常的に通り抜けてほしい。犬の散歩をしてもいいし、大根を売る人が通ってもいい。劇場が近寄りがたいものではなくて、みんなに開かれた、日常的な場所であれたらいいなと。
よく、子どもの頃の劇場体験の有無が、劇場のある人生を送るか、それとも劇場とは縁のない人生を送るかに、大きな影響を与えるといいますね。
近藤 子どもの時に「劇場に行くと楽しいな」と思えるといいですね。子どもが大人の手を引っ張って、「ここに寄りたい。中に入ろうよ!」って言うくらいになれたらすごいですよ。そんな場所にするにはどうしたらいいか。そこから考えたほうが、劇場は面白くなるでしょうね。
ところで、彩の国さいたま芸術劇場は、前芸術監督の蜷川幸雄氏が亡くなって以来、「芸術監督」の職は空席になっていますよね。それなのになぜ、近藤良平さんは今回「芸術監督」ではなく、「次期芸術監督」として就任されるのでしょうか?
近藤 例えば海に入るにも、最初はちょっと足を浸けてみて、ぴちゃぴちゃしながら「どこまでが浅瀬かな……?」と様子を見ますよね。いきなり深いところには、怖くていけません。つまり今年1年間は、来たるべき2022年4月の芸術監督就任に向けて、まずは浅瀬から準備を始めようということです(笑)。

近藤良平(こんどう・りょうへい)
振付家・ダンサー/コンドルズ主宰

1968年8月20日生まれ。東京都出身、ペルー・チリ・アルゼンチン育ち。
横浜国立大学教育学部卒業。1996年に自身のダンスカンパニー「コンドルズ」を旗揚げし、全作品の構成・映像・振付を手がける。
NHK教育『からだであそぼ』内「こんどうさんちのたいそう」、『あさだ!からだ!』内「こんどうさんとたいそう」、NHK総合『サラリーマンNEO』内「テレビサラリーマン体操」振付出演、NHK連続テレビ小説『てっぱん』、NHK大河ドラマ『いだてん』振付など、親しみやすい人柄とダンスで幅広い層の支持を集める。
0歳児からの子ども向け観客参加型公演「コンドルズの遊育計画」や埼玉県との共働による障害者によるダンスチーム「ハンドルズ」公演など、多様なアプローチでダンスを通じた社会貢献にも取り組んでいる。
立教大学、桜美林大学、東京大学などで非常勤講師を務めるほか、全国各地で公演やワークショップを行っている。第4回朝日舞台芸術賞寺山修司賞受賞、第67回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、第67回横浜文化賞受賞。愛犬家。
2021年4月1日、彩の国さいたま芸術劇場次期芸術監督就任。
2022年4月1日、同劇場芸術監督就任予定。

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